第四章 資金集め
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いよいよ競馬に挑戦する日がやってきた。ワタシは心配ないと言うが私にはまだ確信
が無い。 ヒロさんの引率で東京競馬場まで出かけた。
ヒロさんは今日は先生と呼べと威張っている。
開門してから先生の後を遅れないようついていく。
初めて見る競馬場の広さと観客の多さに驚いた。前もって先生から単勝から3連単
まで馬券の種類の説明を受けていた。
「 あたり番号のメモは持ってるな」 ヒロさんが言う。
「 どのレースも着順が判っているから馬場もパドックも関係ない。あとはオッズを
確認して馬券を買えばいい。今日は初めてだから効率のよい買い方を勉強するんだ」
「 それと七レースは万馬券になるから一万円以上買うなよ。以上、各自奮闘努力せよ。
それでは始め!」
私は初めてだから単勝の馬券を千円買った。レースがスタートした。えらい歓声だ。
馬の名前も何も分からないまま一レースが終わった。着順表示板を見たら当っていた。
千五百円換金した。ヒロさんは耳に赤鉛筆、新聞をまるめて持っている。
生徒の事はもう眼中にないようだ。
ついに初日は完勝した。教祖の部屋のテーブルには札束が積まれている。
「 こんな金はあぶく銭だ。身につかぬ金だ」 と教祖が云うが嬉しそうだ。
「 でもうれしいな。面白かったよ」
「 遊びじゃないんだお勤めと思え」
「 次からは二名で行ってもらう」 教祖からローテーションを組んだ紙が渡された。
「 慣れたら他の競馬場にも行ってもらう」
「 それとヤマさんにはチョウについて投資の勉強をしてもらう」
次の日は十二レースあったが、二人が落ち着かない顔をして帰ってきた。
「 どうした、何かあったのか」 と教祖が言った。
「 いや全部勝ったよ。だけど変なのが声をかけてきてね」
「 よう、 久しぶりってね。どこで会ったか知らない人だ」
「 そんなのがいるんだよ、他人に金を張らせて大穴を当てれば恩着せがましく金を
要求するんだ。色々いるからこれからも注意することだ」 と先生が言う。
「 そうなんだ。あぶく銭とはいえ大金だから持ち帰るまで心配したよ」
するとヒロが言った。
「 教祖、おれは毎日行ってもいい。いいな競馬は」
「 いかん。お前は病気をぶりかえしたのか。ヤマちゃん、こいつをなんとかしてくれ」
こんな調子で資金集めはなんとかスタートしたのだ。
私の方はもと会計士のチョウさんに投資のコーチをしてもらっていた。
「 日本の経済は低迷している。日経平均は七千円代だ。米国はわずかに持ち直して
しているがね。EUはドイツ、ブリックスはロシアの経済が上向いているね」
「 金相場は過去最高を更新している。外貨はレアルと南アランドが人気だね」
「 株、投資信託も多くは底値だから、経済の上昇が見込めるなら買いだね」
「 今のところ投信は軽減税率で10%だけどそのうち元にもどるだろう」
「 買付手数料や信託報酬も取られるしね。株も利益に対して20%だ」
「 ネット証券に口座を開くとして特定口座にすると、確定申告の際手間がいらない
があんたは税金を国に取られたくないんだろう」
「 いい手があるかい」
「 なりすましって手がある。他人の名義を買い取とるんだ」
「 ホームレスでとことん金に困っているのがいるんだ」
「 そいつの借金を肩代わりしてやり、出来たら厚生年金証書も取り戻してやりたいんだ。
なんせ売血までしてるんだから」
「 それは可愛そうだな。誰が持っているんだい証書を」
「 ヤクザがからんでいるプアービジネスだ」
「 あんた、取り戻す気かい。それは止めといた方がいい。ヤバイよ」
「 私がやるんじゃないよ。あいつにやらせるんだ」
私はワタシに言った。
「 いつも君には世話になってる。本当に感謝してるんだ」
「 なんだ気持ちが悪い。どうしたんだ」
「 えー今日はいい天気だね」 私は手をもみながら言った。
「 投資のことなら知ってるよ。今は駄目だが半年先なら景気は上向きに転じる」
「 その時株を買って大儲けしたらインサイダー取引の疑いが掛かるかもな」
「 だから今から仕込んどけばいい」 とワタシは言った。
私はしばらく黙っていた。
「 何だ、どうした。その話じゃなかったのか?」
「 私のワタシちゃん」
「 何だ薄気味わるい」
私は気の毒なホームレスの話をした。
「 なんだ、そんな事か。人使いが荒いな。やればいーんだろう。だが私の能力にも
限界がある。警戒している相手とは同期がとれない」
「 何だダメなのか。下手にでて損した」
「 このやろう言いたいことを言ったな。この恩知らず」
「 もったいぶるなよ」
「 ふむ、君の為だやってやるよ。わたしの一部をヤーサンの頭に送り込めばいいんだ」
チョウさんと打合せホームレスの所に行った。痩せて蝉の抜け殻のような彼にわけを話し
了解を取った。彼に案内を頼みその事務所の近くの喫茶店に入った。
わたしは彼の声で事務所に電話した。
「 競輪で当りましてね。少し返済できるんです」
「 やるじゃないか爺さん。今どこにいるんだ」
「 事務所の近くです。今から持って行っていいですか」
「 感心だ。みな爺さんみたいだったら・・・・・・あれ」
どうやら侵入に成功したらしい。しばらくしてわたしの声がした。
「 おまたー。年金手帳と、借用証、それからありったけの現金をいま持っていくよ」
すぐに奴が出てきた。紙袋に入れたそれを受け取ると引き返していった。
「 私たちのことは記憶から全て消去した。ついでにやつの心に恐怖をぶち込んだ。
弱い者を食い物にすると腐るという暗示をイメージ付であたえたんだ。
当分恐くて寝れないだろう」 だからヤーさんは青い顔をしていたのか。
ロクさんというホームレスは何がどうなったか解らずポカンとしている。
「 彼には心理強化と休養が必要だ。いつまでもホームレスでいちゃいけない。どうかね
彼を仲間に入れては?」
「 以前の俺は彼と同じだった。もちろんだよ」 とチョウさんは言った。
私も戸籍を購入する手段は誤りだったなと反省した。
事前に立ち上げたペーパーカンパニー用に貸事務所を借り上げ、電話代行
サービス会社と契約した。
更にPCを購入しプロバイダーと契約した。全員がある程度扱えるようになった時点で
ネット証券に口座を開き、資金を銀行から振り込んだ。
そしてワタシの指示どおりの銘柄を購入した。上がるのは5か月先だが
早めに仕込んでおくのはインサイダー取引などのあらぬ疑いを避けるためだそうだ。
インターネットの手ほどきを受けた連中も株の売買に関しては素人だから緊張したそうだ。
投資金はとりあえず一億、随時追加投資する手はずだ。
「 株で金儲けするのも楽じゃないな」
「 まったくだ。競馬のほうがいい」
「 競馬はもうすぐ止める。べつに違法な事をやつてるわけじゃないが毎回何百万も
当てるやつは目をつけられる」
「 アメリカにはエシュロンとかいう盗聴機関があるらしいね。日本にもわしらの様な
連中を監視する機構が存在するじゃろう」
「 電話でも迂闊なことは喋らんことだ」
私はワタシに聞いた。
「 君はデジタル信号にも侵入できるかい」
「 前にやっただろ、わたしのプローブを電話で送り込んだ事を忘れたのかい」
「 はあ はあ?」
「 わたしの一部をデジタル化することはできるよ」
「 なら全員のPCを監視してくれないか」
「 了解。ではウイルス対策ソフトを改変させて私の一部を常駐させよう」
--2--
競馬場通いは、東京から中山、京都、名古屋、阪神まで拡大していた。
調達資金は十桁に増えていた。ある日全員集合をかけた部屋で教祖が言った
「 競馬はこれで止めだ。異常に勝つ者はやはり注目をあびたようだ」
「 やるとしても冷却期間をおく」
「 それに安マンションの住人が何億という金を預金していれば、いずれ税務署が
注目するだろう。だから・・・お前らはこれからは真面目なサラリーマンになるんだ」
「 雇ってくれないよ、俺たちじゃ」
「 そうだな無理だ」
「 チョウが立ち上げた会社がある」
「 そうか、そこにコネで入るんだな。一度役人のような優遇を受けたかったんだ」
「 この辺りでぶらぶらしてたら変に思われるからな」
「 毎日きちんとした服装でバス通勤だ」
「 そこで何をするんだ」
「 以前云った目標を達成してもらう」
「 それ以外は何をしてもいいんだな」
「 そんな暇があるかな、学校や講習会に行くんだ」
「 教祖は何をするんだ。一人だけずるいぞ。また飲みに行くのか。まだあの女と
きれていないんだろう」
「 不埒もの! 年長者にむかって何をいうか」
仲間たちの底抜けの笑い声が室内にひびいた。
数か月が経過した。メンバーの強化された脳は目標を難なく達成した。
今日は皆が集まり成果を報告した後、思い思いに雑談している。
「 人間は見栄を張るだろう いい服や宝飾品で着飾り、高い車に乗り、ステータスとか
言って正当化しおる」
「 社会的地位を上げるため手段?それとも異性にもてるためか?」
「 それは人間の業さ。生き物すべての本能にすぎん」
「 心の見栄はなかなか張れないからね」
「 権力者はその力を国民の為に使わん。己の権力の維持につかう」
「 猿山のボスの方が弱い者に面倒見がいいぞ」
「 庶民だって皆と足並みを揃える為に見栄を張るな」
「 動物だってそうだな。鳥なんかもオスの方がきれいだ」
「 なんとか言う鳥は立派な巣を作らないとメスが寄ってこないし」
「 立派な家や財産にメスが魅かれるのは本能か」
「 すべて子孫繁栄のためかい。弱者切り捨てとは思ってはいないだろう」
「 生存競争か。奪いあいえば争いになり、金持ちだけが生き残るのか」
「 助さん、格さん、もういーでしょう」 教祖がストップをかけた。
「 お前たちも世の中を少しは見えるようになったな。いいことだ」
「 でも俺たちだって見栄を張ってみたい。いい服を着て美味い物も食いたい」
「 あーそこでだ。それぞれの目標達成にチャレンジして成果もあがっているようだし、
つぎの目標にとりかかる前に一度骨休めをしてはと考えとる」
「 だからなにか希望があれば言ってほしい」
「 飴と鞭か、黄門さま」
「 じゃあ俺はのんびり温泉に浸かりたい」
「 三星レストランで思いっきり食いたい」
「 わしは銀座の一流クラブに行ってみたい」
「 それはむつかしい。二流で我慢しろ」
「 ねえちゃんが綺麗ならどこでもいいや」
「 俺も飲めたらどこでもいい」
「 どうしょうもない呑み助だなお前らは。 しょうがないのお、昔わしが馴染みにしていた
店に行くか」
「 ぎゃはは・・・教祖本音がでたな。俺たちをダシにクラブに行くつもりだろう」
「 無・・・覚られたか、お前らも成長したな」
「 教祖、うまく話をそらしたな。騙されんぞ」
「 ばれたか。わしが一番行きたいんじゃ」
こうして我々は精一杯はめかしこんでクラブに乗り付けた。
まあおめずらしいとママに腕をとられ教祖はヤニさがっている。
「 社長、ずいぶんとお見限りでしたわね」
「 いや、そうだなむにゃむにゃ、今日はうちの連中と取引先の人を連れてきた」
女の子に社長、社長と呼ばれ教祖は鼻の下が伸びっぱなしだ。
「 こちらすごくハンサムね。紹介してくださる」
「 うむ、彼はチリからきたんだ。取引先の御曹司だ」
「 やっぱりそうなんだ」
秘書役のコウさんがスペイン語でゼンさんに説明する。みんな役者だ。
「 彼は日本語が上手だよ」
「 東京ははじめてです。どうぞよろしく」
「 社長さん日本はいいところです。きれいな人たくさんいて」
「 キャー、お上手ね。でもお品があるわ」
「 日本、いいとこだとアニータも言ってました」
「 ギャハハ、冗談もお上手。日本にはお仕事なんですか」
「 日本に支社を造ります。その打合せです」
ゼンさんは大もてだ。
「 こちら、随分おしずかね」 やっと私の方にお鉢がまわってきた。
「 彼は熟年離婚してね、女に懐疑心をもっている」 教祖がいらぬことをいう。
「 いやそれは本当です。エリザベスが唯一の家族です。 ああ失礼、犬の事です」
「 彼は今度の共同出資者だ。大変な資産家だよ」
「 まあお寂しいのね」 いい風むきだ。
コウさんは俺は元ホームレスだったとその体験談で煙にまいている。
チョウさんは日本経済の先行きについて薀蓄を披露し、ロクさんは日本の最新医学
について滔滔と語っている。みな可愛いもんだ。
まだ飲み足りない連中を引き連れ新宿へ繰り出した。歌舞伎町だゴールデン街だと
好き勝手をいうやつらを教祖が説得し、〈思いで横丁〉 へ向かった。
名前のとおり昭和のかおりがする居心地良さそうな通りだ。焼き鳥と冷やで
ご機嫌になったころ、店の前で騒動が始まった。覗いてみるとチンピラが若いのを
ボコボコにいたぶっている。すぐにシンさんが飛び出していった。
痛めつけられたその男は見かけは男性だが中身は中性的で余計哀れに感じる。
オンドレとかワレとかわめくチンピラにみなまで言わせず、バキッ、ゴキッと
骨が砕ける音がした。
「 二度と悪いことが出来ないよう膝の骨を粉にしといたよ」
あっさりいうシンさんを私達はびっくりして見つめた。
「 強いんだなシンは。これまで何も言わなかったじゃないか」
「 弱い者をいじめる奴はなんだか許せんのです」
シンさんは叱られた犬のようにうつむいた。
「 すみません。ご迷惑かけました」
助け起こしたその青年は長い髪をうしろに結び、切れ長の目は途方もない色気を
醸し出している。
「 大丈夫かね。おお怪我をしているな。病院に行こう」 教祖がこんなに親切なのは
やはり青年の美貌に魅かれたからだろう。
「 教祖、その気があったのか」
「 馬鹿者、難儀している者を助けるのは当たり前だ。誤解するな」
「 しかしお前きれいな顔してるな。こっちかい?」 コウさんが聞いた。
青年は静かに微笑んだだけだ。下手な女顔負けの色っぽさだ。
私は言った。
「 この人は俺たちの秘密兵器になるかもね」 と教祖に伝えると喜んだ。
「 あー君、わしらの仲間にならんか。宿も食い物も心配いらんぞ」
さすが元ホームレスだ。そこから口説くかい。親父どもの仲間と言われても
どうかなと思ったが、あに図らんや青年は了解した。名前は静男だそうだ。
「 じゃあシズオでいいな。詳しい事は後できこう。言いたくないことは言わんでいい」
「 わかりました。よろしくお願いします」 シズオに成りたての青年が言った。