第十二章 親不孝三兄妹
久しぶりに下町に行って銭湯に入った。
暖簾をくぐれば懐かしい昭和の世界にタイムワープしてしまう。
ロッカーの上には脱衣かごが乗り、姿見の横にはレトロな扇風機と体重計。
風呂底のタイルはゆらめき私のこころを解きほぐしてくれる。
湯気の立ちのぼる天井を見上げながらうっとりしていると声がかかった。
「ヤマさん、久しぶりだね」 マンションの管理人をしている加藤さんだった。
「 やあ、ご無沙汰、元気にしてた?」
「 まあね、相変わらずだよ」
「 あんたが元いたアパートの大家から聞いたよ。あんた大した人なんだって・・・」
「 あのバアさんが何をいったか知らないけど大げさなんだよ」
「 そんな・・・会ったら相談したかったんだ。親不孝な子がいてね、親にたかるんだ」
「 そんなのは今時珍しくないんじゃないの」
「 それがね、私の通ってるマンションの人なんだけど、ご主人が亡くなって一人ぐらしの
奥さんがいるんだ」
「 その奥さんといい仲になったとか・・・」
「 そんな浮いた話じゃないんだ。真面目に聞いてくれよ。その子供の事だよ」
「 こいつらは家を出ているんだが、三人共どうしょうもない奴らでね、親にたかるんだ。
警察も、自治会にも相談したけど埒があかんのよ」
「 仕事もせんとブラブラしてね、シンナーやら脱法ハーブを買う金をせびるんだ。
出さないと暴力を振るうそうでね。なけなしの年金を取られて可哀そうなんだ」
「 それにね、次男は何とか組のチンピラでね、末の娘と一緒にマンションの売却を
迫っているそうなんだ」
「 それは可哀想だな、事情は分かったよ。今からおふくろさんに会いにゆこう。
ガキを呼び出してワタシに徹底的に改造してもらおう」
「 わたしってあんただろう。 さすが頼りになるな」
マンションに行って事情を確かめるとやはりひどい話だった。
ワタシは喰うや喰わずの生活を続けて弱っている奥さんの内面に侵入した。
「 もう大丈夫、今から子供達を呼び寄せます」 急にしっかりとした口調になった奥さんを
見て加藤さんはびっくりしている。
マンションを売却する契約をしたから、この際財産分与をするのですぐに来るよう
にと伝えると目の色を変えてやってきた。三人とも見るからに阿保面をしている。
幾ら入るんだと我慾を丸出しにしている。救いようのない馬鹿兄妹をわたしは心理的に
拘束した。恐怖と飢餓のイメージを与えしばらく部屋に放置することにして、奥さんには
伊豆の施設に来て療養するよう勧めた。
衰弱していた奥さんは施設で回復した。新しい友人もできたようで表情も明るい。
親をこんな目にあわせた三人の様子を見に行くと、今にも死にそうな顔をしている。
「 悪い子はいねーが?」 と言うと、兄妹は返事もできずブルブル震えている。
「 お前たちが何をしてきたかを考えたことがあるかね」
「 返事がないからもう少し延長するか」
「 待ってくれ・・・悪かった、謝る、ゆるしてくれ」
「 それはお母さんに云うんだな。それでは元にもどしてやろう。お前たちに心理強化を
施してフィリピンに行ってもらう。そこで働くんだ。文句あっか?」
「 ない、ありません。助けて!死んでしまう・・・」
彼らを解放し、薄汚い心理を清らかで溌剌とした心を持つ若者に変換した。
ついでに所属していた暴力団に乗り込んだ。チンピラの一人の心を掴み情報を得たあと、
組長にご対面となった。品のない奴らにぐるりと囲まれ恫喝を受けたが
慣れている。
うまい話をちらつかせると一瞬隙が生じる。その時はワタシが全員に侵入していた。
組運営の詳細情報を得たあと全員に組同士の抗争のイメージを与えると殺し合いが
始まった。ヤクザの内部抗争は死ぬまで解放されたなかった。
組長の口座から現金を引き出し、金を巻き上げられている不法就労者に分配して、
組は壊滅したからもう自由であることを伝えた。
「 ちょっとやりすぎたかな」
「 あそこまで腐った連中だ、自業自得さ」
「 私達は神でも仏でもないんだ。好きな様にやるさ」
「 しかし警察は役にたたんな」
「 公務員はどこもそうさ。言い訳ばかりして国民の方を向いていない」
「 公務員を見たら泥棒と思え・・・か」
「 情けないことに多くの人がそう思ってるのは確かだね」
マンションに帰ってみんなに報告すると、シンさんが文句をつけた。
「 なんで俺を呼ばないんだ。たまにはいい目をさせてくれよ」
「 シンさんは弱い者いじめをするやつをいじめるのが趣味だからな」
「 わしは今でもゴミ集積場が気になるんだ。めぼしい物があると回収したくなる」
「 俺もだよ、永年の習性は消えないもんだな」
「 それが今のシンの話とどう関係があるんだ!」
「 趣味の話じゃなかったっけ」
「 どうもならんなお前たち」
「 ところでフィリピンはどうなっている」
「 かなりの村を自立出来る様にしたから今後は必要な物を補給するだけだ」
「 ジバは帰ってくるのか」
「 あそこが気に入った人がかなりいてね、そういう人には補助と連絡員として残って
もらったんだ」
「 あの親不孝兄妹はどうしてる?」
「 シンナーで脳がスカスカになっていたから総入替えですごい人間に変身している」
「 教化が終わったらジバのもとで鍛えられる予定だ」
「 あの三兄妹は変わったよ。なんでお母さんに酷い目にあわせてしまったのか頻りに
反省している。その分、人の為に働かせてくれと言っている」
「 今の若い連中は可哀想だな誘惑される物が一杯あって」
「 刹那的に生きているから、 我慢することが出来ないんだな」
「 我々は少し手助けするだけだ。彼らに適した指標を自ら見つけてほしいんだ」
ワタシが黙っているから云わないが、どうやら密かに何か企てているらしい。
彼の言葉は段々難解になっているから聞いても煩く感じるし、さりとて何も聞かないと
気になってしょうがない。
「 何をぶつぶつ言ってるんだ」 急にワタシの声がした。
「 いやなに大したことじゃないんだ」 慣れてるはずだか少し慌てた。
「 外部生命とのコンタクトのことかい」
「 なんだいそれは? たしかにSFは好きだがね・・・」
「 それがフィクションじゃないんだ。ずっと以前から何かしら問いかけてくる存在が
あったんだ。それがやっと意志疎通が出来るようになったんだ」
「 地球の生命の形態から思考のしかたまで情報を提供している」
「 いまね、その存在におねだりをしているんだ」
「 地球上の様々な問題、特にエネルギー危機を説明してね、助けを求めたんだ」
「 地球に十四憶キロ立方メートルもの水があると聞いて、何故それを有効に
使わないのだと聞いてきたよ」
「 科学の進歩がそこまで至ってないと言うと、宇宙にまで進出しているのにおかしな
文明だと笑われたよ」
「 それに死という概念がないそうだ。生まれて死んでを繰り返す生物が珍しいらしい。
だから戦争という言葉を理解させるのに苦労したんだ」
「 戦争をしらないって! 能天気なやろうだなそいつは」
「 我々は自分達の愚かさを笑い飛ばして生きている。そこまで高級な生命体だ」 と
伝えてくれ。このジョークが解からないなら大したやつじゃないな。
「 いま伝えたよ。大笑いしてる」
「 このことはまだ黙っていてくれよ」
「 分かってるよ兄弟」