第八章  旅立ちの時




「 かな芽殿、少し寂しかろうがわしが付いておるでな」

「 武助様と一緒でございます。淋しくはございません」 二人は熱々である。

かな芽は鍛えているので初日は神奈川宿に宿をとった。

「 横浜という港にな知り合いの異人がおるのじゃ。そこに挨拶に立ち寄ろう」

「 わたくしも異国風の街を見とうございます」

異人街に入るとレンガ造りの家が立ち並んでいる。その風景にかな芽は目を

奪われている。

あれこれ武助は説明しながら米国の商館に向かった。

ケリーにかな芽を紹介し結婚したことを告げた。

「 おー、あなたのお嫁さんでしたか。それはおめでとう、私も嬉しいです」

かな芽が挨拶すると、ケリーは驚いた様に言った。

「 貴方のお嫁さんは美しい。それにこれまで知っているこの国の女性と違い

積極的に語られる、驚きました」

「 自慢するようですが彼女は武道も堪能なのです」

それを聞いたケリーが遠慮がちに言う。

「 こんな時になんですが貴方にお願いがあります」

「 この街も人の出入りが増えました。交易する和人の商店も増え賑やかになったのは良いのですが、中には無法な事を行うグループができたのです。

そのせいで街の治安が脅かされています」

「 清から来たチンパンの連中が商人と結託して暴力的な組織をつくり、その強引な手法に我々西欧の商人は迷惑しているのです。このままでは

お国の為にもならないと思います。どうか力を貸してください」 

「 そのことですか、心配ありません。老中稲葉さまからこの地の代官がヤクザ者と結託している事は聞いてります。老中直下の者に手が余るなら

手伝え
と云われています」 武助は江戸を出る前に尽八とおしんと打ち合わせをしていた。

宿に入ると尽八とおしんが早速つなぎをつけにやってきた。

「 奴らは狂暴です。それに新式の銃も持っていてかなり手強いです」

「 交易品を脅し取るらしいが人数は?」

「 三十人ほどです、代官は役に立ちません」

「 では商館の者にも手伝ってもらおう。彼らなら銃も扱えるだろう」

「 加納屋と船を根城にしていますが、何か動きが慌ただしくなっています。

奴らが動く前に取り押さえましょう」

「 早速ケリーさんに伝えて人数を確保してもらおう」

夜が更け異人街は静けさを保っている。加納屋の表戸に明かりが灯り剣呑な

空気が漂った。二、三人が出て様子を窺がっている。やがて黒っぽい服を着た

連中がぞろぞろと湧き出してきた。そこに鉄砲が撃ち込まれたので慌てている。

すかさず武助が突っ込んで行きバタバタとなぎ倒すと店の中に逃げ込んでいく。

追いまくる武助に異国の武器で襲うが難なく切り捨てる。かなわじと見て逃走を図るが

武助の動きは人間離れをしていて速すぎる。奥から加納屋が

「 何ですかあんたは、これ以上無礼を働くとお代官様に通報しますぞ」

「 異人を囲い込み強奪をやっても代官が庇うわけか。しかしその代官にも老中の手が入っているぞ、

諦めた方がいい」 武助の口は滑らかだ。

「 うーぬ、かまいません早くあの者を倒しなさい」

加納屋の後ろから異人が三人銃を構えたが、その腕に手裏剣が突き刺さった。

横からおしんが加勢したのだ。逃げる加納屋に一撃を加え、さらに賊どもを

倒すと静かになった。残りは逃げたようだ。

商館の人間に手を上げて店に引き込むと後はまかせて宿に引き上げた。

逃走しようとした船にも尽八が仕掛けをしたらしく爆発がおこり舵が壊れたようだ。結局身動きが取れず投降した。

翌日尽八達と共に代官所に赴き
老中名代として代官罷免の沙汰を申し渡して武助の役割は終わった。

翌日、武助たちはケリーに礼とともに食事に招待されたのだが、そこで武助はソースという調味料に心を惹かれた。

「 武助様、この味は何でしょう。初めて味わいましたが美味しゅうございますね」 かな芽は驚いたようだ。

「 それは西洋の調味料でソースと言います。色んな料理に使えます」

「 作り方を知りたいですか」 とケリーが片目をつぶった。

「 是非とも教えてください」 

「 料理長に材料と作り方を書かせましょう。しかしこの国にトマトがあったかな? 」

「 トマトなど聞いたこともありません」

「 そうですか、絵を描きましょう。それに種も有りますからお分けしましょう。なに難しい事はないはずです」

江戸時代には唐茄子と云ってもっぱらその色を楽しむ為に栽培していたらしいのだが。普及していなかった。

「 この度は世話になったし、綺麗なお嫁さんを紹介してもらってうれしい」

とケリーが言う。

武助は度々横浜に通ううちある程度言葉が通じるようになっていた。

 武助は以前ケリーに貰ったチーズの事を思い出したが。。牛や山羊の乳を腐らせて造ると聞いたのだ。

この際だついでに聞いておこう。

実際の作り手は金吾と和尚に任せればいいのだ。

問題は砂糖だが高価である。その甘味の代用を考えたが・・・・

思いついたのは柿である。あれを熟しガキにすればかなり甘くなる。それを潰して精製すればと思った。この工夫も金吾にやらせよう。

歓待を受けたあと旅を再開した。土産を色々貰い背中の荷は増えたが武助には大したことはなかったo

「 かな芽殿、足の具合はどうですか? 痛くありませんか」 

「 なんともりません。武助様旅はいいですね」 とほほ笑む。

峠の上に出ると山野がうちひらけ、爽やかな風が吹き上げてくる。

「 ほんとうに綺麗ですこと」

その眺望の中にたたずみ、しばし時を忘れる。

二人は新しい生活と希望を空想している。多分想いは同じであろう。

旅は順調である。大抵の旅人は朝早く暗いうちから宿を出、一日八時間から

十時間くらい歩くのが普通である。

元々かな芽は鍛えているので道中に何の心配もないのだが、愛妻に気をつかって早めに宿をとるようにしている。

小田原宿に近づいたころ、荷車を曳く一行に追いついた。

旅芝居一座の人達らしい。畳んだむしろや幟、小道具などを積んだ荷を

屈強な男たちが曳いている 。

派手な衣装を着た芸人達にかな芽も目を引かれている。

目礼して追い抜こうとすると、声がかかった。

「 御新造さん良かったら車に乗らないかい」 座長らしい男はどうやら話し相手がほしいらしい。

「 ご親切にありがとうごさいます。でも足は鍛えてますから」

「 江戸からですかい」

「 左様でございます。津山まで参ります」

「 さいですかい。そりゃあ長旅だ。お泊りは小田原宿で?」

「 そうなろうな」 武助が応える。

「 お武家はたいそう立派なお身体ですが、やっとうをおやりで?」

「 まあそこそこな。江戸に立花道場があるのを知っておるか」

「 そりゃあなた、立花道場といえば江戸でも一番繁盛しているところだから

あたし共も存じておりますよ。たしかあそこには天狗と言われる程滅法強い

のや女呂布といわれる程の大女の門人がいるってね」

「 よく知っておるな。まあそんなのもいたな」

「 じゃあお侍様もかなりおやりになる?」 武助は黙っていたが

「 しめた、お侍様頼りにしてますぜ。最近物騒なんだ」

「 そういうことか。まあ出たらな」

「 奥様はたいそうお綺麗ですな」

「 自慢せよというのか」

「 ははは、これは当てられました」

「 ところでお主たちは何という一座でどこまで行くのじゃ」

「 へえ、内村一座でございます。興行をうちながら大坂まで参ります」

「 まず、小田原でぶちますんでご都合がつけば一度お寄りください」

「 出し物は何じゃな」

「 へえ、天領備前廿日村の金採掘騒動で天狗が大活躍するってえやつです」

「 ふーむ、天狗がな。おもしろそうじゃな」

峠にさしかかると先に行った旅人たちが血相変えて戻ってきた。

「 出た!引き返せ、山賊だー」 口々に叫んで逃げてくる。

「 かな芽殿、ここで待っていてください」 武助は荷を預け駆け出した。

その素早い動きにみな驚いている。

物騒な得物を手に大勢が旅人を囲んでいるのが見えた。

「 待て待て、今時山賊など流行らぬぞ」 と大喝する。

「 ふん、物好きな野郎だ。面倒だ切り殺せ!」 頭らしき男が喚く。

「 致し方ない」 と得物を振り回す賊の手足を切り払う。運が良ければ助かるだろう。旅人は腰を抜かして震えているが

怪我はしていないようだ。

後から様子を見に来た旅一座から荒縄を出させ縛りつけておく。

これ以上関わりたくないので二人は小田原宿に向かった。

やがて酒匂川にかかり川越人足に蓮台を出させ川を渡る。

宿の風呂でゆっくりと手足をのばす。先に済ませた武助は宿の浴衣に着替えた。「 かな芽殿、着物も汚れたであろう。

宿の者に洗えるか聞いてみよう」

「 まだまだ先は長い。ここに二泊してもいいでな」

宿の者に金を渡してそれを頼んだ。

宿の亭主がもみ手をして現れた。上客とみたようだ。

そこに番頭が亭主に耳うちをした。

「 お客様、まことに申し訳ありませんが宿あらためだそうです。お役人がやってきます」

「 かまわんぞ」 武助は平然としている。

そこに人相の悪い役人と手下が部屋に入ってきた。

「 浪人者と女だそうだな、何処から来てどこに行く」 役人風をふかしている。

「 無礼者、そのような挨拶があるか」

「 てめえお上に逆らうのか、かまわぬ、引っ張っていけ」 こんなのがどこにもいるのだ。

取り押さえようとする役人を座ったまま飛び上がり脇差で髷を切り飛ばした。

ざんばら髪になった役人はギャッといって頭を押さえ逃げ出した。

慌てる主人に、 「心配することはない。我らは老中稲葉様の御用で動いておるものだ」 

武助ははったりをかませる。

お上の御用と聞いて武助たちの扱いは一層良くなった。

夕食の膳も豪華になり、お頭付きの魚にシロもびっくりしている。

翌日、今日はゆっくり見物するからと伝えて二人で宿を出た。

あちこち街をぶらつくと、昨日出会った内村一座がはや興行していた。

「 昨日のお侍じゃないですかい」 木戸番の男が叫んだ。 

「 しめた、お侍、ちょいと手を貸してもらえませんか」

「 いま興行をうつ寺銭のことで顎八親分と座長がもめてるんで・・・」

「 誰なんだ、顎八親分とは」

「 ここいら一帯に睨みを利かせる親分が亡くなり、後を継ぐいだのが顎八親分なんで」 

奥に入っていくと座長の情けない声がした。

「 そんなご無体な。 それじゃあ興行が成り立ちません」

「 そんなことは知らねえ」 人相の良くない手下を従えた親分が云う。

もともと旅一座とは派手な様に見えて彼らの暮らしは左程でもない。

土地の興行師や親分に頭を下げ興行を行うのだ。その際売り上げの一割近くをピンハネされるのだ。

もっとも江戸で評判を取った芝居であれば裕福な
商人に招待されることもあるらしいが。

小田原ではそんな事もなく強欲な
ヤクザ者に脅されているらしい。

「 まてまて、親分、この者たちは拙者の知り合いだ。世間相場でこらえてくれ」

「 なんだてめえは」 顎八親分は顎をカタカタ言わせながらわめく。

「 無理を言うなといっておる」

「 あんだと、この野郎をたたんじまえ」 顎八の一声でヤクザ者は一斉に殴りかかってきた。

シロを抱いたまま武助は身を躱しながら投げをうつ。
かな芽も手刀で急所を打つとたちまち片付けてしまった。

そうして二人は、備前廿日村の金採掘騒動という芝居を楽しむ事ができた。

「 武助さま、あの天狗は貴方のことでは?」

「 どうもそのようじゃな」 頭をかきながら武助がいう。

小屋を出てぶらぶらしていると先ほどのヤクザ者が用心棒を連れて現れた。

「 先生こいっらで、おねげーします」

「 よしまかせておけ、手足の一、二本ぶった切ってやろう」 荒んだ浪人が

刀を抜いた。

「 止めとけ、痛い目を合うのはお主のほうだぞ」 と云うが聞く気がないようだ。仕方なく武助も刀を抜く。

勝負は一瞬できまった。武助が相手の利き腕の筋を切ったのだ。

浪人は腕を押さえて引き下がる。

「 どうする親分、文句があるか」

「 くそー、いや、へへーどうかご勘弁を」 顎八はしぶとそうだ。

すると馬を跳ばした侍が駆けてきた。

当地の代官鈴木主税でござる。お役目ご苦労に存じる。巡検使の方とも

存ぜず役人が無礼を働きまことに申し訳ない」

「 いや、赴く所は当地ではないので気にしないでもらいたい。ただ役人にあのような者がおるという事は

管理不行届きとして報告させてもらうが」
途端に代官は青くなった。

「 しばらく、しばらく、あのような者はほんの一握り、厳正に処分します故、

この事はどうかご内聞に」

「 しかし善良な平民を食い物にするこのような輩が野放しではな」

「 この者らは早速ひっ捕え、厳罰に処します故、何卒ご内聞に」

「 そこまで言われるなら何も見なかった事にしましょう」

二人と一匹の旅は再開された。

各所で色々と見物し、その地の名品や名物を楽しみながらゆっくりと

旅をつづけた。そうして予定より遅くなったが京に着くことができた。

旅を初めて経験するかな芽の事を考えたからだ。またかな芽も武助の心遣い

が伝わっているようだった。

まず泉屋と関係のある薬問屋に赴き為替を受け取った。

主人が出てきて如才なく挨拶をする。

「 お武家様は泉屋さんの後見をされておられるとか。私は嵯峨屋の主で新兵衛と申します」

「 内海武助と申す。これは妻のかな芽じゃ。なに後見と云っても用心棒のようなものだ」

「 内海様は津山に参られるそうですが、京にはしばらくご滞在で」

「 せっかく京に来たのじゃ、二、三日はゆっくりしたいと思うておる」

「 それはそれは、そのようなときに野暮な話ですが最近勤皇攘夷を唱える

者達が現れましてな。それらが乱暴を働くので京都所司代や京都町奉行でも取り締まっているのです」

「 ふむ、天子様がおわす京であればその様な者もおるかもな」

「 それがでございますよ、すでに数店の大店で軍資金と称して大金を強要されております」

「 それはいかんな」 武助はあまり関わりたくないのだ。ただ老中の稲葉から

尽八らと京都所司代を助けよと申しわたされている。   

「 ようし分かった、宿に連絡をくれれば手助けいたそう」

「 有難うございます。京の案内は私どもにお任せください」

「 やれやれ、せっかく二人で楽しもうと思っていたのだが・・・」 武助はぶつぶつつぶやく。

かな芽はそんな武助に 「 これも何かの縁でございましょう」
と割り切っている。

翌日から京の名所見物をする事になった。

嵯峨屋の娘のおちかが手代の清三と丁稚の定吉を連れて宿にやってきた。

どうやら三人で案内をしてくれるらしい。

「 お二人とも京は初めてでおすか」 おちかは言葉は京ことばだが中々の

はっきりしている。

「 二人とも不案内じゃ。わしは参勤交代で都に泊ったことは有るが何も知らんのじゃ」 

「 武助様は気さくな方なのですね。それに綺麗なお嫁さんですこと」

「 ん・・・まあな。しかしその様な牽制は効かぬぞ。散々長屋のおかみ達から

鍛えられたからな」

「 まあ、面白いお武家様」

嵐山の周辺をのんびりと散策し京料理を食べ満足した一行は野宮神社から

風情ある竹林の道を歩いた。風に揺れ音をたて竹がゆれる。

「 えーとこだっしゃろ。うちもここらが大好きや」

「 左様、心が休まるな」

「 武助様、京にきてようございました」 かな芽がいう。武助も嬉しそうだ。

「 ホンに仲の良いご夫婦どすな。羨ましいどっせ」

「 お嬢さま、それより早く行きましょう」 定吉はあせっている。

しばらく歩くと遠くに幟が見えてきた。定吉はここに期待していたらしい。 

竹林を抜け茶店に立ち寄った。

「 ここの桜餅は名物でおす。定吉、たんとおあがり」 定吉は目を輝かす。

成程、お茶の渋みと桜餅の程よい甘さが何ともいえない。

そんなおり、坂道から二人の男が必死で駆けてきた。

どうやら一人は傷を負っているらしい。

「 どうされた」 と武助が駈け寄り問うた。

「 勤皇攘夷を唱える浪士が出たのです。我らは所司代でござる」

「 ともかく血止めをしましよう」 と傷を負った腕を縛った。

「 かたじけない。おなご連れの方と見ましたが早く逃げた方がようござる」

「 左様か、ここはそなたらは早く逃げたなされ」 と武助が云った時、刀を持った浪士たちが現れた。

「 おちかさん、けがをしてもいけない、隠れていなさい」 と武助が前に出た。

「 おどん、そいつらを庇いだてするか。面白い」

「 おーい、ここに物好きなニセがおるぞ」 と髭面が叫んだ。

「 連れのおなごは別嬪ではないか」 どれもこれも殺気だっている。

「 無用の事を致すな。このまま去れば見逃してやる」 と武助が云う。

「 おい、こいつ頭がおかしいらしいぞ。女を置いて去れ。さもないと」 と刀を

振りかざした。

仕方なく武助も刀を抜く。

「 まて、俺がやる」 と大男が進み出た。奇妙な構えをしている。分厚い刀を真っ直ぐに突き立て

足は一本立ちのような形だ。その構えからいきなり跳躍した。

「 ちぇすとー」 と奇声をあげ薪を割るように刀を振り下ろしてきた。

恐ろしい刀法だ。下手に受ければ刀がへし折れる。

しかし武助は逃げなかった。その中に踏み込み刀を横に払う。

「 グェッ」 と叫び刀を握った腕ごと飛んでいった。

「 おのれ、佐藤をやったな」 と押し包んで切りかかってきた。

四方からの挟撃を武助は恐れ気もなく見切り刀を振るう。

浪人たちは次々に討たれていく。流石に恐れを抱いたのか仲間を助けもせず

に数人は逃げていった。

「 薩摩の者がいたようだな」 武助は何事も無かったように落ち着いた声で言った。

役人は今の出来事を信じられないような顔をしている。

「 お主、大丈夫か、近くまで送って行こう」 

「 かたじけない、助かりました。大丈夫です。しかし凄い腕でありますな。

失礼ながらどちらの方であろうか」ともう一人が聞く。

「 くにへ帰る旅のものじゃ、こちらは嵯峨屋の者たちだ。しかし攘夷派とはあのように乱暴なのか」

「 左様で、多くの者が迷惑しております」

「 そうだな、考えはともかく、町の者に迷惑をかけてはな」

それでは気をつけてと役人と別れた。

「 武助様はとても強い方ですね」 興味津々の顔でおちかがいう。

「 そんなことは自慢にもならん」

「 でも父が安心します」

嵯峨屋まで送り、宿まで帰って落ち着いた。

「 武助様、今日は楽しゅうございました」 とかな芽がいう。

「 それは良かった。旅の途中じゃがご両親に手紙を書いてはどうじゃ」

「 そうですね。武助様はどうされますか」

「 わしもそうするか」 二人は熱々である。手紙を書き終えたころ嵯峨屋の幸吉が宿にやってきた。

「 武助様、旦那様がお呼びです。すみませんが起こし願いませんか」 とすまなげにいう。

「 うーむ、仕方ないか、かな芽どの行ってまいるぞ」 と渋々腰をあげる。

嵯峨屋に行くと主人と役人が待っていた。

「 内海様お呼び立てして申し訳ありません。こちらは京都町奉行の山野様です」

「 内海殿、お初にお目にかかる。京都町奉行、与力の山野堂伍と申す」

「 内海武助にござる。何か御用ですか」

「 不躾な訪問恐れ入る。実は嵯峨屋からの知らせでまかり越した次第」

「 あーあの攘夷派のことですか。まずかったであろうか」

「 とんでもない。助かりもうした。それに、うーなんでござる」 と言いよどんでいる。

彼も口下手で朴訥な性格らしいので助けを出した。

「 助を望まれておられるか」

「 左様、何せ狂暴な集団で、更に薩摩藩が後ろにおりましてな」

「 こちらも探索の手を借りて根城は憑かんでおりますが手が出せぬ始末」

「 では捕物の場におればよいのですね」

「 助かりもうす。そのときは宿に連絡いたします」

宿に帰ると尽八とおしんが来ていた。

「 ご老中も人使いが厳しいの」 と嫌味をいうと、

「 我らも中々大変なのです」 と笑う。

「 甚八殿とおしんさんはご夫婦のようじゃな、息が合ておる。

「 左様、おしんは我妻でござる」 甚八が少し赤い顔でいう。

「 よし、今宵は四人で飲もう。これまで二人とは助け合ってきたからな」

夜が更けるまで酒を飲み歓談はつづいた。

京都所司代は老中に次ぐ地位にあり、そこから幕府の中枢に上り詰めるのが

一般的だ。現在の所司代は稲葉派であり、昨今の京の騒動にも頭を痛めていたらしい。折よく国に帰るという

武助の旅に便乗するつもりだ。

翌日は昨日の事もあり、京見物は遠慮した。

奉行所から呼び出しが来たのは昼過ぎであった。

今日はかな芽も刀を差し若衆姿に変わっている。

役人に案内されて行ったのは町はずれの寺である。

付近には役人達と捕り方達が潜んでいた。

「 お役目まことにご苦労に存じる」 山野はじめ役人が一礼する。

「 してこの方は?」

「 うー妻のかな芽じゃ、こう見えて強いぞ」 武助が照れ臭そうに云う。

「 えっ、奥方で、いや失礼いたした」 とみな興味深げに見つめる。

「 それで今すぐ討ち入りますか」

「 もうすぐ探索が戻ってまいりますので暫くお待ちを」

様子を調べていた取り方が戻ってきた。

「 どうやら酒盛りをはじめたようです。半時後くらいがいいのでは」

「 よし、少しずつ包囲を縮めろ」

「 けが人が出てはいけません。切り込みは私達がしますから、あなた方は

長い得物で足を払ったり牽制してください。奴らは示現流を使います。けっして真面に打ち合ってはいけませんぞ」

かな芽と寺の門を潜り僧坊に踏み入れた。中から大勢の声がする。

部屋の前で「 京都奉行所の者である。神妙に縛につけ、抵抗するものは斬る」

と大声をあげた。

一瞬静まったので部屋に踏み込むと大勢が刀を掴んだところだった。

「 せからしか! おどんがぶった切る」 と刀を抜いたが天井につかえ気味だ。

武助は刀も抜かず進み出る。

相手は八双から袈裟懸けに切りつけてきた。

シャッと鍔なりの音とともに抜き打ちをみまう。相手は派手な音をたてて

倒れる。驚く面々に猶予を与えず次々に切り伏せる。

次の部屋に避けようとするのをかな芽が俊敏に足を払う。

浪士達は混乱し右往左往している。そこに尽八とおしんが加勢に加わった為

たまらない。一斉に逃げ出した。寺の境内は取り方が固めている

 捕り方は遠巻きにして逃がさじと得物で牽制する。

そこを武助たちがちょんちょんと戦闘力を無くしていく。

捕り方から切り抜けて逃亡をはかる浪人たちを尽八とおしんが飛び道具で

倒していく。しかし相手は大勢である。薩摩藩の屋敷に向けて駆けていく。

薩摩藩の屋敷の前にも捕り方達がひしめいている。

薩摩藩もこれはまずいとみて門を開けようとしない。

死に物狂いで反撃してくる浪人たちもついに刀を捨てた。

「 おかげ様で片付きました。しかしもう二人おられたが姿がみえませんな」 と不思議がる。

ややあって武助は口をひらいた。

「 うむ、稲葉老中の者でな深く詮索しないでほしい」 途轍もなく強い二人に身の軽い二人が老中に

関わるものと聞いて役人は納得したらしい。

二人と一匹は旅を再開した。

京から山陰道を進み園部を経て福知山へと向かう。土師川をわたり福知山

に入った。堤防沿いに堤防を歩くと洋紅はやさしく、道端には蒲公英が咲いている。

「 今日はよく歩いたな。おそらく福知山宿はもうすぐであろう。
かな芽どの疲れたであろう」 

と武助がかな芽をいたわる。

やがて宿場が見えてきた。 シロも腹が減ったのか落ち着かない。

「 よしよし、お前もよく頑張ったな宿に着けばすぐに飯にしてやるぞ」

シロも分かったのかニャアとなく。

宿に落ち着き、宿の女にこころづけを渡し一番にシロのめしを出してもらった

その日はゆっくりと休んだ。

これから八鹿宿までは約七里の道のりである。

昨夜は通り雨があったらしく濡れた木々が美しい。点在する集落を縫うように歩き予定した宿に

近づいたときだった。
道の端で、わぁわあ泣いている子供とぐったりと倒れている侍がいた。

「 どうしたのじゃ、具合が悪いのか」 と子供に聞いても泣くばかりである。

侍の具合を確かめると顔が真っ赤になっている。

これはいかんと襟元と帯をゆるめ木陰に運んでいった。

かな芽が水を飲ませる。暫くすると少し顔色が戻ってきた。子供は旅装束

だがまだ幼い。早く宿に連れていき寝かせた方がいいだろう。

「 坊や心配ないわ、私たちにまかせて」 と言い聞かせると泣き止んだ。

かな芽に手伝わせて侍を背負い宿に急いだ。

「 宿の者に事情をはなし寝かせつけ、医者を呼んでもらった。

そのうちかなり回復した様子で、武助が名乗ると事情を語りはじめた。

驚いた事に元森藩の勝手頭に所属する蔓矢仁郎といい、二か月前に横領の責任を取らされて放逐されたらしい。

妻は実家に戻り、幼い子供を抱え途方
くれていたが、江戸には頼るものがおらず遠い知り合いを頼り津山にいく

予定だつた。しかし旅の途中路金がつき、子供を連れてふらふらと歩いているうちに倒れたそうだ。

「 それはお気の毒な。これからどうされる。 予定どおり津山に行かれるおつもりか」

「 左様、そのつもりでおりますが、これからどうなるか」

「 うーん、その様な事情であれば任せていただきたい」

武助が津山に帰ると言うと、驚いたらしい。

「 それは有り難いがそこまでして頂いては・・・」

「 武士は相見互い心配なさるな」

裕伍という子供は傍で心配そうに見守っている。

「 ということだ、おじさんたちが付いている、心配するな」 と頭をなでる。

シロがにゃあと鳴き懐から顔を出し、裕伍に飛び移った。

裕伍が嬉しそうにシロを撫でる。

翌日からの旅は蔓矢が元気になったので順調だった。連れのあるのも楽しい。

急な坂では武助が裕伍を背負った



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第九章 故郷の暮らし
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