第六章   回想



私は用もないのにここにいる。あの河川敷に立ってボッとしている。

春の陽光がふりそそぎ川面や草木のまだらな影を見ながらあれからのことを、回想して

いるのだ。

脱サラまでのながれ、そして思いがけぬ店の開店。今の境遇に満足とか不足とかいうので

はないが、何か不思議な感じがどうしてもするのだ。

占いの師匠との出会い、そして町との関わり、三兄弟とシンさん達との出会い。 

何か見えない糸によって引き寄せられたような感じがしたのだ。

損とか得とか頭の中で計算するのは生まれつき苦手で、あえてやっても弱い頭では

碌な事にならなかっただろう。

「 ならこのまま流れに乗ればいいか」 と心の表面に持ち上がった迷いを打ち消した。

商売は順調にいっていると自分では思っている。収入はサラリーマン時代の3倍以上は

入ってくる。店の経営上、経理面では自信がないので前身が税理士をやっていたチョウ

さんにアドバイスを受けている。

この状態がいつまで続くか不明だが遊びも贅沢もしないので利益のほとんどは貯蓄に

まわしている。

岡山の両親に近況を連絡し、こずかいを送った事をつげた。

サラリーマン生活をしていた時は心にその余裕がなかったのだ。

「 どうしたんだい。元気にしてるの」 母は少し心配そうだ。

「 うん、元気だよ。今度一度帰るよ。 心配かけてごめん」 と謝った。

アパレルの仕事を辞め脱サラして占いの店をやっていると告げると

おまえが占い師だって!驚いた声の後に吹きだす声が聞こえた。

「 他人の事を占うなんてお前には無理だよ」 と冗談かインチキ扱いだ。

「 悪い事だけはしないでよ。お金なんか送らなくていいから」

やれやれ、こうも信用がないかね。

こりゃ早めに帰ろう。繁盛ぶりを写真に撮っとかなきゃ。

休店日に朝一番で岡山に帰った。

父は元気で相変わらず不愛想だったが息子の帰りをよろこんでくれた。

母は多少白髪が増えたが変わらず元気そうである。

「 父さん、母さん御無沙汰してすみませんでした」 と神妙に挨拶した。

「 私の脱サラに関してはご心配かけたと思いますが、順調にやっています」

「 まあ、私のことですから御不信なこともあると思います。それで一度

旅行がてら、私の店を見に来てくれませんか」 と旅行券を渡した。

「 お前の気持ちはわかった。有難う、しかしそんな才能があったとは思えんのだ」

「 ごもっともです。父さんや母さんにはこれまで色々とご心配かけましたから」

「 よかったら一人ずつ占ってもいいですよ。他人の事でもいいです」

「 じゃあ、お母さん僕の知らない事を考えてください」

「 はい、いまお母さんは隣の古田さんの事を考えました」

「 古田のわかい嫁さんのゴミの出し方に不満がありますね」

「 びっくりだわ、そのとおりよ。何で分かるのそんな事」

「 じゃあ次は父さんです。隠そうと難しい顔をしてもわかりますよ」

「 囲碁の会の事を考えましたね。そこでは碁敵の小田さんとは馬が合いませんね」

 どうです少しは信用してくれましたか。

「 信じられん。キツネても憑いたんじゃないか。しかし占い師の能力はありそうだな」

わたしはこれまでの経緯を話した・・・がどこまで解かってもらえただろう?。

もちろん、やくざとの関わりや宇宙人のAさんの事は黙っていた。

懐かしい母さんの手料理を味わい、そして久しぶりに家族の団らんを過ごした。

翌朝、私は東京に戻った。私に対する両親の心配は軽減しただろうか。

伐採業者の親方からしばらく福島で仕事をすると電話があった。

都の仕事は入札制だが、それは形だけで実際は共倒れを防ぐ為に談合で

次の請負業者を決めているらしい。今年はそれの外れ年だから利のいい福島

に行って仕事をするらしい。しばらく会えないが頑張れと言ってくれた。

気配りのきく人だ。俺もそういうところを勉強しなくちゃ。

BNRYに出向くと3兄弟が忙しそうに働いていた。

「 どうよ、調子は?」

「 もう大変だよ、忙しくて。でもこんなに充実した毎日が送れて幸せだよ」

なるほど、顔つきも言動も以前の太平楽な感じから明らかにしっかりした顔に

変わってきている。

「 やる気が出て来たね。変わったよ顔つきが。良かった、良かった」

「 さぶのやつが今度は絶対成功させる。後がないつもりで頑張ると言ってね、

俺達も引き込まれているんだ」

「 そうか、二人もそういった相手が見つかればいいなー」

車が3台に増えているから調子がいいのは間違いなさそうである。

「 失せものや人生相談の依頼がきたら、遠慮なく云ってよ」 と伝えた。

ついでに本通りのアントンさんと李さんの店に立ち寄り、その後問題が

起こってないか確かめたが、その筋の人間は一掃されて、客層がまともな

人通りになったと喜んでいた。

3時を過ぎたのでレルアパに戻った。

ふと店の中で不審な雰囲気を感じたので辺りを見廻したが誰もいない。

何だろう、ねずみでもいたか?と思って放っておいた。

夕方になり客の数も増えてきた。私は集中して客を捌いていく。

「 ねえ先生、わたしこのままでいいのかしら」 30歳くらいの女性は云う。

「 つまり、先のことですな。総合職としてキャリアを積んでいくか、親の勧める

縁談を受け入れるか迷っておられる」

「 そうなのよ、よく判るわね」

「 キャリアウーマンとしてやっていくにはこの国はまだまだ後進国です。未だに

出る釘は打つというような陰湿な押さえつけが往々にしてあります」

「 貴女の会社は外資系ですね。だったらその様な事は少ないでしょう」

「 仕事を続けるならあとは貴女の能力と覚悟しだいです」

「 一方、貴女のお相手は地方公務員ですね。性格は大人しく多少マザコンです」

「 キャア、そこまで分かるの」

「 この場合、失礼ですが貴女は男勝りの性格でカラッとしているのでいい組合わせです。

親と別居が可能なら結婚の方をお勧めします」 はい今日はここまでです。

次も女性の客だ。顔色が悪く一目で借金で心を痛めていると分かる。

「 はい、貴女の場合債務で苦しんでおられますね」

「 そうなんです。借金取りが職場までやってきます」

「 彼らも仕事ですからね。2000万ですか、何に使ったんです」

「 あー、パチンコですか。ふむ、仕事のストレスか・・・」

「 貴女のサラリーでは返済は無理ですね。どんどん借金は増えるでしょう」

「 自己破産を考えておられますね。その場合職場には居ずらいだろうな」

「 それで、解決方ですが、住所はそのままで、仕事は辞めます。

そして何でも屋にまかすのです。自己破産の手続きもそこでアドバイスをもらいなさい。

貴女はその性格さえ直せば、うまくいきます」

こんなに親切なのは女性が綺麗だったから、3兄弟の誰かとくっ付けたらと思ったのだ。

早速、BNRYに電話し事情を話した。綺麗な人だぞと云うと、たけさんは

直ぐにやってきた。 まずは性格矯正のためにシンさんの所へ連れてってと頼む。

こりゃもう一人見つけんと依怙贔屓になるな・・・・

ここには女の子がよく来るが・・・と思案した。よっしゃあの振られたとかいう便秘娘だ。

あの子は少しおっちょこちょいだが性格もいいし美人の部類に入るだろう。

その娘に近況を聞いてみた。結局振られたそうだ。しめしめ、そして好みを聞いてみた。

するともうイケメンは嫌だという。

おー、えーど、えーど。顔より性格だという。 

それなら、顔はまずまずで、性格はカラッとして、真面目でやる気のある男がいるがどうだ

と云った。この際だ多少の誇張は許せるだろう。

良かったら店に来るように云った。来る時間を聞いてごろうさんに電話をした。

来た来た、1時間前にごろうさんはやってきた。パリッとしたスーツに着替えている。

私の仕事もはけてほっとした時だった。ぼうっと薄暗い影が浮かび上がった。

ギャッ何だ、誰だ、ででで出てこい! と私は身構えた。

それは段々輪郭を現し、ついに姿を私の前にみせた。

東南アジアの木彫りの人形のようで煤けた感じがする。

「 お主なかなかやるではないか! みておったぞ」

「 だだ・・・どなたですか」 私は幽霊や化け物が苦手だ。

「 ふらちものめが。わしはその様なものにはあらず」

「 わしは、猿楽町に祀られておる薬師神なり。ゆめゆめ疑うことなかれ」

たしかに、この通りの中に入ったところに祠があったな。

「 でも、かなり祠は傷んでましたよ。どうしてかな」

「 愚か者めが、われを侮るか! 嘆かわしいことじゃ」

「 われの事をなおざりにし、みな己のことばかり考えおる。昔わしが流行り病を直して

やった故この猿楽町があるものを」

「 今は医療が発達しましたからねー。神様は商売の方の御利益はどうです」

「 この町はかなり寂れてますよ」

「 そのような事は千の利休じゃ。われは薬師神じゃからの」 おや神様は駄洒落も

言うのか。

「 でも力をお貸し頂ければこの町の人も喜ぶと思いますが?」

「 ふむ。そうかの。 われが出てきたのはお主の心情に共鳴したからじゃ。いましばらくは

、ここに居を構えるべし」

「 構えるべし・・・ったって、ここに居座るってこと?」

「 そうなるかの」

「 まあ神様だからいいか。でも自分の面倒は自分でみてくださいよ」

やれやれ、さてあの娘がきたから、ごろうさんに引き合わせるか。

「 ごろうさん、この人がさっき云った人だ。松本仁美 さんだ、可愛い娘だろう」 ごろうさん

の目がハートマークになっている。

「 こちらはBNRYの社長さんで唯野五郎さん」

「 なかなか精悍そうな方ね」 おう、なんなく上手くいきそうだ。

「 お主は縁結びもやるのか?」 うわっ神様だ、いつのまに・・・。

「 こちら、どこのお爺さん?」

「 うん知り合いの人だよ」

「 なんかすごく古臭いかっこうだね」

「 われはこの里に祀られる薬師の神じゃ」

「 面白い人ね、わざとそんな格好して」 それみろ誰だってそう思うさ。

私はごろうさん達を送って行った。うまくいってほしいと思う。

帰ってくると、あっ、神様が勝手に女の子に占いやっている。

痛みが無くてもようつうい「要注意」といっての・・・ 下手な駄洒落が好きな神様だ。

隙をみて勝手に手を触ったりしている。神様は助べえなのだ。

「 何やってるんですか勝手に」と私が怒ると

「 辞めさせないでくれ。頼む、せっかく現世に現れる事ができたのだ。

占いをやらせてくれ」 とえらいことを云いだした。

占ってもらった女の子が言う。

「 先生、あのお爺さん誰、当たる事は当るんだけど、物言いがめちゃ古臭いのよ。それで

ね、ちょろっと手を触ってくるの」

「 ああ、あの人は私の師匠すじに当たる人でね。可愛い子が好きなんだ」

「 先生も大変ね」 と同情された。

まつたく、何が原因で出てきたのだろう。今度Aさんに訊いてみるか。

「 今度許可なく勝手な事をやったら出て行ってもらいますからね」 

分かった分かったといいながら、店内を女の子と談笑したり、掃除をしたりと

神様はめげない性格をしている。

仕事に集中していると、なにやら通りが騒々しい。

「 だから申しておろう。信心が足りないのじゃ。みよ、このような町にしおって」

「 何を馬鹿な事をいってるんです。そんな恰好をして、シッシッ」

「 無礼者、こうなったら祟ってやる。えーい」 神様はやけくそになっている。

自治会長が腹を押さえて七転八倒しだした。

「 おい止めろ。今の時代に信心を強制するなんて無茶だよ」

よく問題を起こす神様だ。どうしたのか訊いた。

私が放っておいたから、町をぶらぶらしていたそうだ。そしたら

「 この無礼者がわれの風体を見て、あれこれ非難しおるのじゃ」 と怒っている。

神様が力を解くと自治会長は這うようにして逃げていった。

私のトホホ感は神様には伝わらない。

「 もう少し現代風な格好をしてはどうですか。出来ないんですか?」

「 われに出来ぬことはあらず」 じゃあお願いしますと云った。

神様は変身した。なかなかいい。よく見るとさっきの自治会長と同じ服装だ。

あれ、顔も自治会長に似てる。まあいいか、さっきより大分ましだ。

「 いいですね。それなら女の子にもてるかもしれませんよ」

「 左様であるか・・・」 満更でもなさそうだ。出来れば、こんな事に関わりたくない。

「 ですが、あまり騒ぎを起こさないで下さいね」 と云って仕事に戻った。

大安吉日にさぶさんと静子さんは挙式をあげた。

出席者は新郎側は、お世話になった元ホームレスのメンバーと小野さん夫婦、そして仕事

の関係者も入れ賑やかな挙式となった。

仲人の小田さんの挨拶につづき、友人代表として挨拶した。

えー只今ご紹介に預かりました横木と申します。

小野三郎君とは左官町のころからの友人でございます。

知り合った当初より高い見識と行動力には私も度々助けられたことがございます。

彼の表裏のない行動と言動は周囲を和ませ、励ましてくれました。

この度。静子さんという素晴らしい伴侶と、暖かい家庭を得られた事は益々

事業にも好影響を及ぼすと、斯様に考えるところでございます・・・・・。

新婚旅行の見送りに行った帰り、あのマンションに立ち寄った。

「 よくやったな、あんた達」 と兄弟は教祖に褒められている。

「 しかしよく思いついたな。何でも屋か、立派な人助けだな」

「 これまでいろんな仕事についてきましたから。怪我の功名です」

「 わしらのリサイクル業と似てるな。何か手伝うことがあればいつでも云って

くれよ」 とコウさんがいう。

「 あのう、ちょっとお訊きしたいのですが」 私はおずおず訊ねた。

「 うちの店に薬師神という方が急に現れたのですが、何かご存じでしょうか

本物の神様みたいなんです」

「 奴だ! Aだよ」 ロクさんが即座にいった。

「 あいつはあれで悪戯者だからな。やりかねんな」 シンさんが応える。

「 教祖、あの山神さまだってそうだろう」

「 ふむ、その神様がどうかしたのかね?」

「 店に居座って勝手に占いをしたり、町で言い合いをして少し困っているんです」

「 じゃあここに連れてきなさい」 教祖がなんでもないように云う。

「 ところが、すっかり店になついて・・・というか占いにくる女の子が好きらしく

離れる気はなさそうです」

「 やれやれ女好きの神様か、教祖みたいだな」

「 馬鹿者! 女好きはお前らじゃないか」

「 あのな、わしらも神様とは付き合ったことがあるんじゃ」 と教祖がいう。

「 詳しい事は省略するが、Aが山を切り開いたとき山神さまが現れたのじゃ」

「 実はそれは昔祀られておった山神さんで、Aが面白がって実体化したんだ」

「 山神さまの仲間とも親しくなってな、わしなんか宝探しまで手伝ってもら

ったんだ。今は山に帰っておるがな。だからその神さんもそのうち帰るだろう」

「 帰るったって、地元の町に祀られていたらしいんです」

「 そうか、あんたも大変だな。そのうちAに相談してみよう」 

この人は絶対面白がっている。

親父とお袋が東京にやってきた。

駅からホテルに行き、そこから東京を案内した。

「 東京も変わったな」

「 私は初めてよ」 と二人は仲がいい。

「 それで、お前いい人はいるのか?」 きたな! 一番弱いところだ。

「 いないよ、そんなもの」

「 そんなものとは何だ。男は早く一家を構えんと駄目だぞ」

どこの親もそれを一番心配するのだ。

「 今はね、仕事の事で手いっぱいなんだよ」 と言訳ををした。

「 そうか、じゃあ昼を食べたらお前の店に行こう」

「 母さんは魚が好きだったね。じゃあ築地の寿司屋に行こうか」

すし処築地という寿司屋で二人に満足してもらい、猿楽町の店に連れて行った。

「 ふうん、おまえがこんな立派な店をねー。東京の時価は高いんだろう?

よくこんな店を持てたもんだ。借金はあるのか?」

と色々心配してくれる。

これまでの経緯をはなし、更に、登記簿と通帳まで見せて安心させた。

そうこうするうち営業時間がきた。何時もの様に客がならび、

そしていつもたむろする連中がやってきて掃除を始めた。

その連中に両親を紹介する。

「 まあ、初めまして、私らはここの常連です。ここの雰囲気がいいので、よく

ここで過ごさせてもらっています」 どうぞとお茶を運んできた。

「 浩一がいつもお世話になっております」 と母が言う。

「 お世話になったのは私達です。私の場合夫婦の仲が悪くて、夫には博打の借金が

あったんです。子供がいるのに別れる寸前でした。それを先生が全部解決して

下すって、今は幸せに暮らしています」 と子連れの主婦が言う。

「 私は娘が虐められて、引きこもり、鬱になっていたのを助けて頂きました」

と中年の男が言う。

「 私は仕事や男関係で迷っていたのを指導してもらい、元気いっぱいよ」

「 だからここは先生にお世話になった人が集まってくるんです」

先生は胸を張る。

「 お前が人助けをねえ。いや分かった、立派にやってるようだ」

両親はやっと安心したようだ。

そして私が占う様子を見て不思議そうな顔をしたが、ホテルに戻って行った。



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第7章 ロボットの店
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