第二章   伸夫とボン


伸夫から電話があり相談があるというので、久しぶりに養護施設を訪ねた。

五年生になった伸夫は背丈は伸びたが相変わらず痩せっぽちだった。

飛びついてきた彼をおもわず抱きしめた。

「 なんだ大きくなったと思ったらまだ子供だな」 私は少し照れくさくなって言った。

「 おじさん、あのね相談があるんだ」 吸い込まれるような大きな目をして、

うったえる様に言った。この子は立ってるだけでそこはかとない聰明さを感じる。

「 この間ね、学校から帰る途中で犬の赤ちゃんがいてね・・・」 

彼がおずおずと話し出した事は、私の小さい頃の体験と同じだった。

よちよちついてくる子犬を放っておけないで施設に連れ帰ったらしい。

施設で飼うこともできず、また捨てるわけにもいかず、

彼の悲しそうな目をみて園長も悩んだみたいだった。

結局あの親切?そうな爺様にお鉢がまわってきたらしい。もちろん私は伸夫を

保護者のように思っているから後先を考えずに引き受けた。

ほっとしたような顔で彼は言った。

「 僕ね、この子のお母さんを見つけてやろうと、いつも探していたんだけど

だめだったんだ。だから僕がお母さんになってあげようと思ったんだけど・・・」 

そんな健気な少年を見てウルッときた。

「 そうか、伸夫の気持ちは分かったよ。でもここに置くのは無理だから、おじさんの

うちで預かろう。それでいいかい。ところでこの子の名前はあるのかな」

「 ボンというんです」 うれしそうに彼はこたえた。まったくこの子はすれてないな。

そこが少し心配だ。

「 あのな伸夫、いまのお前に言っても解からんかもしれんが、君が毎日体験している

のは人生ちゅうんだ。朝起きて、学校に行って色々勉強して、帰って園の手伝いをして、

寝ることを含めてね」 伸夫は不思議そうな顔をした。

「 人生はさまざまな体験の連続だよ。つらいこともあるだろうが、負けないで

このままのお前でいてくれよ。心配事で解決できない時はいつでもおじさんに言ってくれ」

 伸夫は真っ直ぐ私をみて分かりましたと返事をした。

「 ボンは時々連れてくるからね」 と安心させ、伸夫の事を園長に聞いた。

園長によると学校での成績は優秀だそうだが、クラスをまとめるとか率先していくタイプでは

ないらしい。

「 彼の才能はやはり芸術方面です。その後彼はハッとさせる作品を生み出しています」

 園長は誇らしげに言った。

車でボンを連れて帰りながらあの大家のバアさんの顔が浮かんだ。

アチャー、考えてなかったバアさんのことを。絶対文句たらたら言われそうだ。

これは土産でも買っていき懐柔するしかないな。恐る恐る事情を話すと伸夫の事を

覚えていたし、今日は機嫌が良かったのかあっさり犬を飼う事を了解した。

「 ボロアパートだからね、出る時にきれいにしてくれればいいんだからさ」

やれやれ案ずるよりババに話せだ。

「 それでね、あんたに聞いてもらいたいことがあるのよ」

やっぱり! どうも調子がいいと思った。

「 わたしを暇人と思ってますね」 ちょつと抵抗してみた。

「 何言ってんのよ。わたしとあんたの仲じゃないの」

オエッ! いつからそんな仲になったちゅうんだ。

「 須川さんのお父さんがね、えらい事になってんの」 何でもこちらが知ってるつもりで

省略して喋るからさっばりわけが解からない。

よく聞くと、須川さんは老人会の仲間で、そのご主人が女の事で揉めているらしいのだ。

最近少し惚け気味でよく金を引き出すらしい。奥さんが心配して病院に行けと言っても

聞かない頑固者らしい。

「 聞いてるだろう。どうする」 私はワタシに訊ねた。

「 詳しい事は本人に聞いた方がいいな」 とワタシが答えた。

大家のバアさんとその家に行くと爺さんが睨んだ。

「 その歳で女に入れあげているそうですな」 とストレートに質した。

「 なんだと! お前は誰だ。関係ない事に口を出すない!」 

「 可哀想に大分もうろくしましたな」

「 この野郎、俺がなにしょうと勝手・・・あうあう・・・」

「 もう大丈夫です」 私はびっくりしている奥さんと大家のバアさんに言った。

「 この件には年増の女とヤクザがからんでいるね。手練手管で女が金を巻き上げ、

後でヤクザがさらに脅して金を巻き上げるてはずだ。爺さんはそれに気づいて

いないんだ」 とワタシが言う。

「 じゃあAとシンさんを呼び出そう」 こんな時に呼ばないとあとで煩いのだ。

「 金を持って行く」 とやくざに連絡した。

「 いくら持ってきた爺さん」 組に行くと座らされ取り囲まれて脅された。

「 一億です・・・」 ワタシが取りついた須川さんが言い、紙袋を差し出す。

「 そうかい・・・んなんだこれは新聞紙じゃねえか。だました・・・」

みなまで言わせずシンさんがたちまちヤクザをぶっ倒してゆく。

「 わたしにもやらせろ」 というAを必死で止めた。

「 一応、二度と表を歩けないように痛めつけておいたよ」 と満足そうにシンさんが

手をはたきながらいった。

「 これが人間同士の争いです。相手はヤクザという商売をする人たちです。

ここには構成員というメンバーがいて、仕事で稼いだ金を組に上納します。

その仕事については後ほど説明します」

「 わたしもやりたかったのに・・・」 とAが口をとがらせた。

「 ロボットが人をなぐったら皆死んでしまいますよ」

「 そのかわり可愛い犬に合わせてあげましょう」 と言うとAは機嫌を直した。

「すっかり熱が冷めたような須川さんを家まで送り、私はAを連れてアパートに戻った。

私に飛びついてきたボンをAの前に差し出して

「 これが犬の子供です。どうです」

「 おおこれが犬か、可愛いもんだな」 ぺろぺろ顔を舐められて喜んでいる。

「 言葉は話せるのかね」

「 犬語をしゃべりますよ。ボン吠えてみろ」 ボンはわかったのか、ワンワン吠えて

Aの周りを飛び跳ねた。中々賢いやつだ。Aを喜ばすこつを身につけている。

「 犬とか猫は人間に飼われています。だから愛想がいいんです。他の動物は

野生といって自分の力で生きています。その数は膨大です」

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「 そうか人間以外の生物がいるんだな。会ってみたいな」

「 その表現は少し不適切です。野生の動物は生存競走で大変なんです」

「 つまり気軽に会ったり話すことは困難です。そういう機会があればいいのですが」

「 まあそのうちあなた一人で行動できるようになるでしょう。それまで色々と予備知識を

仕入れてください」

「 今日は私のアバートに泊まりなさい。人間は睡眠をとるため夜は屋根の下に

泊まるのです。眠くないからといって夜中に行動しては怪しまれます」

「 そうだ今日はテレビで野球中継があるからそれを見ましょう」

「 それは何かね?」

「 人間の娯楽で野球というスポーツを職業とする人たちがいるのです。

その対抗戦をテレビで中継するんです」

こうしてみると人間を学ぶためには職業から分類しその付随部を枝葉も一緒に

観察すればいいかもな」 とワタシが言った

「 その前に銭湯に行き、帰りに食事をとりましょう」

銭湯にAを連れて行くと不思議そうにキョロキョロ辺りを見廻している。

恐る恐る湯船に入ったAに言った。

「 人間は風呂好きでね。とくにゆったりした大きな風呂を好みます」

「 1日仕事をすると、疲れる、言い換えると疲労物質が身体にも心にもたまります。

そこで入浴と睡眠は欠かせないのです。どうですこの感覚は?」

「 なんとなく解かるよ。ゆったりとしたリラックス感だね」

「 おー! のみ込みが早いですね。それじゃあ次に身体を洗いましょう」

「 私の真似をしてくださいね。人間は皮膚からも汗という老廃物を出します。

そのままにしておくと腐敗して強烈な臭いを出すので毎日洗うのです」

「 それは知識としては知っていたがね。なるほどその様に洗うのか」

「 なかなか応用力が身についてきましたね。今度一人で来るときに一つだけ守って下さい。

男と女の表示があったでしょう。貴方は姿が男ですから女湯に入ると大騒ぎになって警察に

逮捕されます。警察は社会の治安を守る組織です」

「 不思議な習慣だな。なんでじゃ」

「 なんででもです!!  それと他にも公衆トイレも男女に別れてますから注意して

くださいね。人間の複雑な習慣を学びたいんでしょう」

ボンに食事を与えたあと、部屋でテレビを観るとナイターをやっていた。

「 なんであんなに大騒ぎをするんだろう」

「 ひいきのチームを応援すると興奮してヒートアッブするんです。スポーツの観戦はそれが

楽しみなんです」

「 そこらへんがいまひとつ解せんな」

「 明日は私の日課のウオーキングに行きましょう」 そのあと近所のバッティングセンターに

も行ってみましょう」

翌日はAとボンを連れて河川敷を歩いた。風がとおり過ぎ、若草のいい香りを運んでくる。

Aは自然な感じでうまく歩いている。

「 どうです? 気持がいいのが解かりますか?」

「 うーん、風と草の香だな、この感じがそうか」

「 そうです、自然の中を歩くという行為を含めてね」

「 しかし、この間風呂にに入った時もそう言わなかったかね」

「 そうです。人間は気持ちがいい事を好みます。他にも褒められたり、お世辞を言われたり

して気分が良くなる人もいます」

向うから来た犬連れの人とすれ違う。ボンも鼻づらを合わせて挨拶している。

わたしも、時候の挨拶をする。

「 相手が挨拶を送ってきたら礼儀としてこちらも軽く会釈したした方が自然ですよ」

「 それにもっと愛想のいい顔をするんです。さあ笑って」

外見はイケメンだが慣れないせいか無表情な感じのAにアドバイスした。

「 こうかね」 Aは歯をむきだしてニッと笑う。

「 それじゃやりすぎです。こんな風に自然に、そして上品に・・・」 知らぬ者が見たら

向かい合って笑いあう二人を危ない関係とみただろう。

さて、ウォーキングの帰り道にバッティングセンターに立ち寄った。地元のリトルリーグの

少年達も練習している。球速は80から150Kまでだ。

「 これはね、むこうのマシンからボールを投げてくるから、それをバットで打つゲーム

なんだ。打った球がネットにあるマークに当たればホームランだ」

「 たしかに人間は遊ぶと書いてあったな、ふーむ・・・」 

Aはバットをやたら振り回しボールはかすりもしない。野球少年たちに笑われている。

「 あの少年達の真似をすればいいんだよ」 と注意する。

黙って見ていたAはいきなりホームランをかっとばし始めフアンファーレが鳴り続く。

「 大体こつが掴めたら最高速のマシンに挑戦するかい」 彼を唆してみた。

「 やるやる。これは面白い」 といって最高速のゲージに入った。普通の者なら怖いような

球速だがAは平気で打ち返しホームランを続けだした。

少年もコーチもネットの後ろで大騒ぎしている。

貰った優待券を少年達に配り、歓声をあげる彼らに笑いかける。よしよしその表情は

上出来だ。あとは臨機応変に会話が出来ればいいんだが。

「 これがもてるってことかな?」 とAが聞く。

「 異性にもてると男はもっとうれしいんです。どうですか気分は?」

「 スカッとしたよ。もっと色々経験したいな」

「 それは良かった。今日は色々体験したから駅前で食事をとって帰りましょう」

数日後、ボンとAを連れてを児童養護施設を訪れた。伸夫がボンに会いたいと以前から

云っていたからだ。ボンが懐かしいにおいを嗅ぎとったのか施設に向かって鳴きはじめた。


「 ボン!」 と伸夫が走り寄ってきた。抱き合って転げまわる彼らを見てAが言った。

「 どうやらこれが愛し合う行為なんだな」 

「 そうですね。人間の持ち得る最高の心の在り方です。もっとも打算ずくの愛の形

も存在しますが、それも人間らしい行為です」 

Aを私の友人だと紹介すると、伸夫は不思議そうに見つめていたが、

「 おじさんの友人なら僕の友達になってよ」 と殺し文句を言う。しかも

「 Aさんは普通の人じゃないよね。何かすごい大きさを感じるんだけど」

「 お前はそれが分かるんだな。そうだよ、ここにいる彼はその存在の一部だ」

「 だってAさんの後ろにはすごく大きく渦巻いた雲を感じるんだ」

「 伸夫は感受性が強いんだな。だから素晴らしい絵を描けるんだ」 私は我が事の

ように自慢した。Aは伸夫をみて感慨深かげにつぶやいた。 

「 君は人間が進化の袋小路にあると言ってたけどそうでもないね」

「 そう言ってくれるのは嬉しいけど彼らは主流じゃないんだ」 

今日はゆっくりしていくからボンと遊んでいなさいというと、有難うといって仲間の

所にとんでいった。園長にAを紹介したが、何となく表情が暗い。

園長に土産を渡し、何か問題はないかと問うと、やはり心配ごとが有るようだ。

訳を聞くと、今時めずらしい地上げ屋もどきがしつこくやってくるらしい。

「 地主の代がかわり、後を継いだ息子が立ち退きを要求しているんです」

それに後ろに暴力団がいて施設にきて嫌がらせや恐喝をしてくるらしい。

「 それはご心配でしょう。土地の買取交渉も含めて私達にまかせてください」

園長を安心させたあと、施設を案内すると子供たちが話しかけてきた。

「 おじちゃん今日はボンを連れてきてありがとう。ねえ遊ぼうよ」

「 ここは私設の児童養護施設、つまり孤児院なんだ。あの園長が資産を投じて

運営してるんだ。それにここにいる子はみんないい子でね」 私はAに言った。

Aは両腕に六人ぶら下げて振り回し、ちびっ子たちはキャーキャー言って喜んでいる。

宇宙人でも子供と遊ぶのは好きらしい。私達は一日ゆっくりと私設で過ごした。


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