第十一章  伸夫のライバル



児童養護施設の園長から私に連絡があった。土地の売買契約等いろいろあったが、

現在はジバの手助けもあって安定した経営をしている。こちらの資金の投入により、別棟を

建設し入所者も増えている。卒業者は社会で色々と経験したあと落ちこぼれた人には

過疎村に来ないかと勧誘している。

「 じつは伸夫君のことです。彼の作品を多くの方に紹介したくて個展を開きたいのです」

「 いいですね、作品数と号数を教えてください。知り合いの画廊に聞いてみましょう、

広告、ポスターも業者に依頼しますから心配ありません」

園長も親馬鹿だ。そして私もそれ以上に伸夫のことが気になるのだ。

その時は伸夫の作品を多くの人に観てもらいたいと単純に思っていた。

養護施設にボンを連れて訪れた。

「 おじちゃん!」 私をみつけた伸夫が駆け寄ってきた。ボンが飛びついていく。

「 ひさしぶり、伸夫」 見るたびに大きくなっていく伸夫が愛おしい。

「 出品する作品が決まったそうだから業者さんを連れてきたよ」

「 今日はな、お前の作品を額装するために来たんだ。だからお前の感覚で額を選びなさい」 

「 はい、おじさん。ありがとうございます」 相変わらず素直なやつだ。

やってきた業者が作品をみて驚いている。たぶん金持ちのスポンサーの道楽だと思って

いたのだろう。

「 この子が作者なんですか。素晴らしい。君は天才だな、私の様な者でもすぐに作品の

良さが判るよ」と業者が驚く。

「 ポスターもDMも私の最大限の力でやらしていただきます」

誉められて我が事のように誇らしい。

ギャラリー会場の予約も済、伸夫の個展は一か月後に行われる事になった。

開催日、私は落ち着かなかった。それまでウロウロしていたらしい。

「 ヤマさん、あんたの天使が気になるんだな」 元ホームレス達がひやかす。

「 俺達もパリッとめかして行くからな」

ギャラリー会場に行くと伸夫と園長とシズオが受付で迎えてくれた。

「 山内さん、有難うございます。お陰様でやっと展示ができました」

「 そうですか、良かった。どんなぐあいか早速拝見します」

「 おーこれは!」 作品ひとつひとつが私に語りかけ、心にしみこまれていくようだ。

作品のパワーというのではない、しかし何かが認知を求めて心のひだに沁みこむのだ。

美術好きの人たちがちらほらと会場を訪れ始めたが、作品の前で動かないため停滞が

始まった。これは困ったと思っていたら、声が聞こえた。

「 みなさん、流れを作って後ろの人にもみせてあげましょうね」

シズオだった。一瞬我に返った人たちがシズオの誘導で進みはじめた。

一日、二日と経つうち評判が評判を呼び、来館者は開館前から列をつくりだした。

「 何かいつもより身体の調子がいい。あの作品を観てからだと気が付き、うちの祖父を

連れてきた」 と車いすを押す人もいる。

「 おとうさん、あれ欲しい」 と小さな子が言っている

「 これは整理券を発行する必要があるりますよ」 私は園長に言った。

ある日美術界の大物がやってきて誉めそやしたと新聞に載ったそうである。

「 あれはたしかに芸術だが、ただの芸術ではない。それ以上のものだ」

それ以来、前にも増して長蛇の列ができている。

世間は癒しとかパワースポットとかそんな言葉が流行っているが、その様なものと

同列に扱ってほしくないなと思う。

金持ちや美術館から値段交渉をしたいと次々にやってくるが、園長は必死になって追い返し

ているらしい。

「 個展がこんなに大変だとは知りませんでした」 園長がぼやく。

「 有象無象の相手はシズオに任せておけば大丈夫です。彼、いや彼女にはその方面

の力がありますから」

世間の評判が上がるにつれ開期の延長をギャラリーは希望してきた。

伸夫と作品の紹介をギャラリーが勝手に行った。

天使の呼びかけとか、新たな星ノブオの世界とかなんとかー―その横で伸夫が気弱そうに

笑っている。

「 まさに天使だよな、あれは」 チョウさんが言う。

「 だけどボロクソに言う評論家もいるぜ、インチキだ、集団催眠だ!ってね」

「 人それぞれだよ、気にしないよなヤマちゃん」 コウさんが言う。

そんな中ここにも天使がーーという記事が載った。

練馬美術館で開催されていたが、伸夫に客を奪われて閑古鳥が鳴いているらしい。

主催者は大物政治家で、その孫の個展とかで、有名画家から高い評価を受けている。

可愛い孫の作品は多くの人から絶賛される筈だった。

ところが養護施設の子供が出てきて孫の人気を奪ったと孫馬鹿な政治家は怒った。

「 たかが養護施設の子供だ、絶対負けないよう宣伝しなさい」 と秘書に命令した。

秘書はお手の物の広報車を何台も出して宣伝するがたいした効果はあがらない。

あれは邪教だオウムだとゴシップ記事を金の力で載せたり必死である。

「 あっちはライバル視しているが、伸夫は気にしてないよ。ただ記者の相手をするのが

苦痛らしい」 もうそろそろ終りにする事を園長に勧めた。

次の日、園長から外国の領事館から私の国で個展を開いてほしいと要請されたと相談を

受けた。

「 いま伸夫は疲れているからな、騒がれるのはいやだろう」

「 個展ではなく数点貸し出すだけならいいかも」 

それをどこかのマスコミが探り出し大きく扱った。

「 天使の作品、海を渡る・・・」 何でも商売のネタにする連中である。

伸夫に悪い影響を与えたくないし、メディアに利用されたくない。

「 伸夫悪かったな、疲れたろう?」 私は謝った。

「 ううん、園長さんや、おじちゃん達に感謝しています」 思ったより彼はしっかりしている。

彼の中の浄化する力が様々な経験をつんで増加してくるのだろう。

多くの延長を希望する声があったが、個展は終了した。 



<
第12章 山神様の怒り
inserted by FC2 system