第六章   金山買収


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ホテルに戻ってすぐに留守番組にメールした。

金が実在した事をまず知らせ、明日中に帰るが、添付した地図にマークした場所の

所有者を探すよう指示した。

チョウさんは法務局の出張所で登記簿を調べた。それによると所有者は

伊豆市土肥3245在住の飯田哲司となっている。

飯田氏は20年前母親から付近一帯の土地を相続していた。しかし現在の所在は

支所に問い合わせても明確な答えは得られなかった。

やむなく興信所に所在調査を以来した。

東京のマンションに戻った私たちは金塊を机の上に積み上げた。

驚くみんなを前に、教祖は鼻高々である。

「 これは全てわしの調査と探求心の成果じゃ。みんなもっと驚くのだ」

「 教祖! その言い方でいいのか?」

「 いや、すまん。嬉しくってな。わしとしたことが・・・面目ない」

「 ヤマさんのワタシの御陰だろうが」 コウさんが怒鳴る。

「 まあまあ、教祖の長年の夢が叶ったのだから一緒に喜んでやろうぜ。どうせ先は

そう長くないんだから」

「 誰が先が長くないんじゃ! 」 

餅は餅屋の例えどおり、どのようなルートで調べたのか興信所からすぐに報告書が届いた。

8年前に連れ合いを亡くすまで彼は麓の村落で農業に従事していたらしい。

息子たちは都会に出て依頼、音信も途絶えているらしく、排他的で偏屈な性格は村落では

孤立していたとの事だ。

足腰が弱り幾分痴呆が進行した時点で伊豆の介護施設に入所したらしい。

私とゼンさん、そしてシズオは伊豆の施設に向かった。シズオは今日は女装している。

分かっていても惚れ惚れするようないい女ぶりだ。

訪れた施設で飯田さんを見たときの印象は廃人に近いという印象だった。

車いすに座った彼は私達が話しかけてもだんまりを続け、

頑固で底意地の悪そうな顔をしている。余程施設の扱いが気に入らないのだろう。

ところがスーツ姿のシズオに目をとめると不機嫌そうな顔が一瞬緩んだ。

「 よしシズオ行け。お前のちからであの爺様を籠絡しろ」 と小声で指示する。

待ってましたとばかり、両手をおおげさに上げ、にこやかに爺様の手をとり

「 まあオジサマお元気でした? 少し御痩せになったかしら」 と引き寄せる。

爺様はシズオに見つめられよだれを落としそうだ。

「 もう大丈夫あとは任しなさい」 とワタシがつぶやき、爺様はむっくりと身体を起こした。

介護士たちは皆びっくりしている。

シズオは手をつなぎ爺様に話しかけている。爺様の顔に生気と精気が甦り、シズオに

何か云いたそうだ。

「 今日はこのあたりで引きあげます。明日もう一度お伺いします」

「 じいちゃんまた明日くるね」 シズオはとろけるような声で言った。

「 なに、もう帰るのか」 爺様ははじめて声をだした。まったく女・・・

いやおかまの力は偉大だ。

次の日、爺様の様子は一変していた。車いす無しで歩いている。

「 驚くような回復ぶりです。そして人が変わったように穏やかになられました」

「 正直申し上げて、私どもはかなり飯田さんには手をやいていたんです」

「 いったいどうやって…? いやあなた方は・・・?」

「 まったく若い女性の力は時に大きな刺激を与えるようですな」 

「 まあお役にたてて良かったです。もし宜しければもう一人くらい同じような方を

紹介して頂ければ回復のお手伝いができるかもしれません」

私はゼンさんにもそのような力があると信じていた。

その人の部屋を訪れると老婆がベッドに拘束衣を付けられ横たわっていた。

痴呆が進み、自分の身体を傷つけるため止む無く拘束しているらしい。

「 私たちもお気の毒とは思っているのです。しかしこの施設の勤務体制では

どうしょうもないんです」 私はゼンさんに目配せし力を発揮するように言った。

急にゼンさんの身体から何かが輝いたように見えた。

「 おばあちゃん、もう安心だよ。私に全てを委ねなさい」 老婆の額に手を当て何か

を念じる姿勢を続けた。

「 この方は今死を望んでいます。しかし回復すれば考えも変わるかもしれません」

「 しばらく時間がかかりますのでここは私一人にして下さい」

ゼンさんは拘束を解きながら言った。

私とシズオは飯田さんに土地の所有権を買い取る交渉を始めた。

「 あの山を本当に買ってくれるのか?」 

「 今のままではどうにもなりません。私どもはあそこに今までにないような介護

施設を造りたいと考えております。お年寄りが本当に幸せに暮らせるような」

土地の有効利用の説明と買い取り額を提示したところ、飯田氏はすんなり了解した。

何よりもシズオが傍にいたのが大きい。

後日、売買契約が成立し、司法書士によって登記簿登録の変更手続きは完了した。

ゼンさんが治療している部屋に戻ると、老婆が変身していた。自ら立ち上がりゼンさんの

手を取り、おだやかな微笑みで見つめている。表情はしっかりとして、会話も普通の人と

変わらない。

「 もう大丈夫だよおばあちゃん。これからは孫と会ったり、好きな庭いじりをたのしんでね」 

老婆、いや美しいおばあさんは手をあわせた。

ただ歳をとるだけで理不尽な扱いを受けている人たちがいかに多いいか。

この度の経験はあらためて私に強い怒りと進むべき指標を示してくれた。




--2--

生命の尊さとか、人間の尊厳とかは口ではよく語られるが、実際はどうであろう。

人間は悪か、責任が人間にあるのか。それではあんた自身はと問われれば

悪ではないが存在じたいが罪を生んでいると答えるしかない。

赤ちゃんのあの可愛い笑顔でさえ親の欲をかき立てる力を誘発してしまうかも知れない。

子供の世界でも結構残酷なところがあるのは言わずもながである。

さらに実社会はまさに生存競争である。大きいか小さいかに関わらず汚い競争や争いが

至る所に存在する。

取るか取られるかの世界では口先のモラルとか倫理は通用しない。

貧富の差が広がる一方で貧しい者からも税金をとる仕組みが一向に改善されない社会。

差別される者、差別を利用する者、暴力団は無くならず、役人はいい加減な仕事をやって

平気の平左。天下りも一向に改まる気配なし。

医者や宗教団体は税金を優遇され、急病人の診療を平気で拒否する。

政治家は己の都合で国民より票の方を向いている。

もともとそんな人間を当選させた国民が悪いが、こんな国に愛想を尽くかしている

人は多かろう。

地球上にまともな国家がいくつあるかは判らないが、ひどい国となれば、

すぐに思いつく。

謝る習慣のない覇権国家。

みずからを恨民族と称し、でっちあげ像を建てる国。

世界の警察を自認する国。

独裁体制をとる国。

民族紛争をいつまでも続ける国。

国民より宗教を第一とする国。

メディアに操られ、自ら考えることをしない平和ボケした国。

思えば人間は哀れな存在である。人間が進化の袋小路にあるならば、いっそ消滅すれば

地球も静かになるだろう。

「 物騒な事を考えているね」

「 国は人間が作り上げたものだけど、人間のエゴのせいで善良な多くの人が

不幸なめにあうのは納得いかないんだよ」

「 そうだけど人間の本質として奪い合いや、争いとかいじめはアメーバーの時代から

抜け出せていないんだろう。地球上の生命はほとんどそうだね」

「 地球外の基準でも哀れな存在だと思うよ」

「 そんなことは宇宙人に聞かないと分からないけど、案外生命力が旺盛な星・・・

とかいって誉めてるかもね」

「 このままではいけないだろう。でも私達のちからではやれる事はしれている」

「 せめて不幸な年寄や子供たちは救ってあげたいな。あの山に造る施設をその拠点

にしたいんだ。力をかしてくれ」

「 きみのためだ、協力するよ」

「 ところで施設の構想はできているのかい」

これはみんなで決めることだけど、基本的に考えているのは介護サービス付の施設だが、

老若男女を問わない。

我々は理不尽な理由で虐げられている人を見つけ助ける事を目標にしたい。

この施設は老人も若い人も協力して運営できたらと思う」

私と6人の元ホームレス+オカマは再びマンションに集合した。

私の基本的な構想に様々な意見が飛び出した。

「 すると今まで調達した資金はそういう人助けに使うんだな」

「 俺たちは平成のねずみ小僧というわけだ」

「 なんだもっと大きなことをやるのかと思っていたよ」

「 馬鹿者! 人助けの何が悪い。金だけじゃ大した事はできん。皆を巻き込んだ

世直しをするんじゃ。そうだろうヤマさん」

「 そのとおりです。皆さんのおかげでここまでくる事ができました。感謝します」

「 特に私は恵まれないお年寄りに幸せな晩年を過ごさせてあげれたらと思っています」

「 若いうちは与えられた環境で精一杯生きたらいい。金持ちの子、貧乏人の子

病を持った人など色々だが、精一杯矛盾に満ちた社会を生きるしかないのです。

だが老人になってまで社会の不平等を背負って死んでいくのは間違っています。

金持ちだけがいい環境で幸せに寿命を閉じて、貧乏人があのような劣悪な施設で

汚いものの様に扱われて死を迎える。これは許されません。

とはいえ国に期待はできません。そして私達にも出来ることは限界があります。

このグループで知恵をしぼって、少しでも世の中を良くしたいのです」

「 よくいった。ヤマさんさすがだ」

「 おれたちも協力させてくれよ」 もとホームレスの連中は全員させろと云っている。

「 そうするとあの山のどこに建てるんだい、てっぺんか」

「 山を削りなだらかな広陵地帯にし、南面に施設を造ってはどうだろう」

「 それはいいが、どのくらいかかるかな」

「 道づくり、丘の造成、施設の建築、ライフラインにかかる費用を経験のある

建設会社数社に見積らそう。もちろん別の会社の名前でね」

「 市に届ける書類もそれからでいいな」

「 ところで現在の資金はどうなっている?」

「 チョウ、言ってやれ」

「 えー只今のところ競馬で稼いだ額が約30億。それを資金に金融投資して、

その合計は・・・税引きで約55億円になっています」

「 元ホームレスがそんな金持ちか!」

「 株ってそんなにぼろいんだ」

「 底値がわかって天井で売り抜いているのだから仕損じはないな」

「 しかしそれもそろそろ手じまいにせんとな」

「 どうしてだ。悪い事はやってないぞ」

「 税務署かどこかが目をつけたらしい。そんな気配がする」

「 国は力を持ったものには手加減するが、庶民には容赦せんからな」

「 とりあえず我々はペーパーカンパニーの社員だ。会社の利益として計上し社員の

所得として還元している。会社には税金とそれを差し引いた額に国税、地方税などが

かかってくる。そしてお前たちにも税金が半端なく掛かって来る」

「 だからその前にとんずらするのだ」

「 ひぇー 俺たちに税金だってぇ。何かうれしいな」

「 馬鹿かお前は!」

「 何、心配するな、もとの私達は国民の台帳から消滅するだけだ」

「 ヤマさんに頼んで住民台帳のデータベースに入りこんで架空の国民を8人程

作ってもらった。別の会社もいくつか立ち上げている」

「 あんたらも別のマンションに移ってもらうし、資金も別の口座に移しかえたよ」

「 しぇー、俺は今のマンションが気に入っていたのに」

「 そうだ、隣の奥さんは美人だ」 ごたごた言う連中を無視し教祖が話を続ける。

「 それでだ、建設する施設について煮詰めよう」

「 我々は理不尽な扱いを受けている年寄を救うのが目的だ。その為にはどのような形態の

施設にするかが問題だ」

「 現在造成中の土地は自然公園や保安林などの制約のない土地であるから

何を建てても問題はない。しかし入所者はワタシやゼンのおかげで連れてくる時には

自立できる状態だから介護施設は必要ないな」

「 それに介護施設には色々な制約がある。床数に応じた介護士やヘルパーも確保する

必要があるから困難だ」

「 それならばホテル等の宿泊施設かリゾート施設はどうかな」

「 飲み屋か、おさわりバー、バアさん向けにホストクラブ併設が楽しめると思う」

「 温泉を発掘して温泉療養施設がいいな」

「 お前ら真面目にやれ、お前の好みが他人に当てはまると思うな。まあ温泉うんぬんは

先のことだ」

「 おれは教祖の好みを代弁したんだ」

「 山の中だから名前は山岳リゾートとでもするか」

「 年寄が喜ぶといえば何だろう」

「 女ならエステとかビューティなどの美容施設。男ならフィットネスとか水泳プール」

「 いろんな創作体験施設などのカルチャー教室もいいな」

「 よし、そんなところか。知り合いに要望を伝えて企画、立案を頼んでみよう」

「 設計図が出来たら地元を含めて建設業者に見積もりを依頼する」

「 いま気が付いたんだが年寄は子供や孫と一緒にいるのが一番しあわせ

なんじゃないかな」

「 そこまで世話をするにはその家庭にまで影響を与えねば無理だ」

「 そうだな、だったら可愛い犬などの愛玩動物がいれば少しは代わりになるかも」 
 
「 今日はこれで終わりにしょう。ごくろうさん」

そうしていよいよ見積もりが出た。工事概要は施設が200床3階建てとし、別棟に浴室、

屋内プールつき体育館の合計は15億円。土地、道路造成費用として、3億という各社

似たような見積もりだった。結局地元の企業にペーパーカンパニー
(FHP.CO)名義で

契約した。名前は元ホームレスの略称らしい。

施設の建設予定地の地盤検査の結果は十分な地耐力を持つことがわかった。

地下100mのボーリングで水脈が認められ、農地、果樹園なども可能らしい。


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第7章 謎の組織
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