第六章   寒河藩の危難




寒河藩に帰着の挨拶に出向いた。

「 お殿様、グラスの売れ行きは如何でございますか?」

「 おうそれよ、寺本、楠田の両名が頑張って順調に売れておる」

しかし、俊光の顔に何か憂いがあるのを武助は見逃さなかった。

「 殿、何かありましたか?」 と武助が心配する。

「 うむ、詰めの間の者の中には色々と云う輩がおってな・・・」

「 ははあ、やっかみでございますか。藩政を安定させるのが藩主の役目とでも云っておやりなさい」

「 それがな、暗にグラスの製造法を教えろと云っておるのじゃ」

「 勿論、わしは断った。じゃがお主の事を知っておっての・・・」

つまり、武助という剣客がちまたに知れているが、何でも寒河藩と懇意だと

知り、是非とも我が藩の者と立ち会わせてみたいというらしい。

「 わしは断った。何よりお主は作州に云っておったからの」

「 それはご心配をおかけしました」

「 試合の方はいつでも出てよろしゅうございます」

「 また、グラスの製造法についてそれ以上何かと云うようなら私に手がございます」 と俊光を安心させた。

播磨姫路藩主榊原政岑は所領は十五万石でありながら家格は徳川四天王

榊原康正の流れを引き継いだ親藩である。奥州の寒河藩など所領は同じ十五万石ながら何するものと云う意識がある。

試合は政岑が顔の広いところを見せ、高家大沢右京大夫の屋敷で行われた。

天幕が張られ所見台には右京大夫と両藩の藩主が姿をみせている。

審判の合図とともに武助と姫路藩を代表する武芸者が現れ見所に一礼し向かい合った。

「 政岑どのあの者は」 と右京大夫が問う。

「 当藩剣術指南、伊藤主税、柳生新陰流皆伝者でござる。俊光殿にはちと失礼ながら

内海と申す剣術使いの流儀は異端でしてな、飛んだり跳ねたり
まあ騒々しいと効いてります」

「 俊光殿、このように云われるが如何に?」 右京大夫が面白そうに云う。

「 百聞は一見にしかずと申します。しかし、あの若者の剣は異端ではありません。至極真っ当な剣、そして人間であります」 

「 貴藩の任官を断ったとか? それで真っ当でござろうか」

「 さればこそ真っ当と申しております」

いよいよ試合が始まった。伊藤は柳生らしく八双に構える。刀身を正中線からずらした構えはどこからでも打ちこめそうであるが、

この誘惑に負けて
打ちこむと合撃打ちが待っている。つまり相手が突いたり、振り下ろす刀の

背を打ってそのまま相手の甲を斬るのである。

武助は相手の意図をすでに読んでいた。涼風が吹き抜けるような静かな構えを崩さない。相手はすこし焦れてきた。

後の先を取ろうとしたが相手がのってこないのだ。盛んに気合を発するが武助は動じない。伊藤はじりじりと位置を

変え始めた。それを見ても平然と元の位置に佇んでいる。我慢出来ず横から

打ちこもうとした時、バシッと音がし伊藤の意識は暗転した。

武助は静かに審判に礼をした。遅ればせに審判が勝負ありと声をかけた。

「 政岑殿、お主見えたか・・・」 と右京大夫が云う。

「 如何かな、あれが異端の剣でござろうか」 と俊光が自慢げに云った。

試合後政岑が武助に我藩の剣術指南役としてどうかと問うてきた。

「 のう俊光殿、そなたから勧めて貰えぬか」 と政岑が云う。

「 それは内海殿次第、こちらからは何も云えませんな」 と俊光が冷たくあしらう。

「 左様か、ならば内海殿、俊光殿からも許しが出た。三百石、いや五百石ではどうかな?」

 武助からグラス製造を聞きだす魂胆が見え見えだ。

「 恐れながら、再び仕官する気は全くございません」 とはっきり断った。

「 惜しいのお、気は変わらんか」 黙っている武助に政岑は青筋を立てている。

「 内海殿見事じゃ。さすが立花道場の後見である」 と俊光が誉めた。

一件落着とみえたがその後大変な事態になろうとは誰も気がつかなかった。

武助は俊光とともに寒河藩上屋敷に戻り、改めて礼を云われた。

「 内海殿、お主またやったらしいではないか」 俊光はニヤニヤ笑っている。

「 実は、老中稲葉の守さまから呼び出されてな、わしは緊張した」

「 何か不祥事でもあったかと控で待っていると、なんとわしは礼を云われた」

「 俊光殿、お主が懇意にしておる内海殿が天領郡代の横領取り締まりに

手をかしてくれてな、お蔭で助かった」 と老中から礼を云われたのじゃ。

「 その他な、我藩の施作は他の藩の手本となるとのお褒めじゃ。わしは驚きと安堵とうれしさで一杯になった。

これもそれもお主のおかげじゃ」

「 左様でございましたか。殿さまは御城務めの気苦労で大変でございましょう。たまには良い事もなくては」

「 よく云ってくれた。お主が一番わしの気持ちを解かってくれておるな」

上屋敷を出て早足で長屋に戻る道すがら岡っ引きの伊助に出会った。

「 伊助さんご苦労じゃな。何かあったのか?」

「 大坂屋に強盗が入りましてね、町方が総出で出張っておりやす」

「 大坂屋とはあの衣服を商う大店だな」

「 へえさいです。昨晩押し入られて五千両ほど持っていかれたそうでやす」

「 物騒だな、早く帰ろう」 と伊助と別れ帰りを急いだ。

途中背中に刺してくる殺気があったが気にせず長屋に戻った。

シロを預かってもらった礼をおみねに云い、衣服を着替えて湯屋に行った。

湯屋には大工の富蔵や桶屋の常次、左官の市助もいたので仲間に加わった。

「 旦那、今も云ってたんですけどね大坂屋の押し込みを知ってますか」

「 うむ、伊助さんに会って聞いたよ。物騒だな」

「 まあおれたちゃあ汚ねえ長屋でその日暮しだ。しんぺえねえけどよ」

「 汚い長屋で悪かったな。富蔵そろそろ溜った家賃の心配をしてもらおうか」

「 わあ!いけねえ大家が聞いていやがった」

「 わしが聴いた話しではな、江戸を高跳びした、ましらの天兵衛の手口に似ているらしい」 と大家の茂兵衛が云う。

「 というと、その天兵衛が戻ってきたのかい」

「 詳しくは知らないが十人程の配下を連れている頭目は雲を突く様な大男

だそうな。こいつが捕り方をばったばったと斬り捨て逃げるらしい」 と見てきたようにいう。

長屋に戻り、湯ずけを押し込んで眠った。

夜半、シロが尻尾を顔の上で振り回すので目が覚めた。水を甕からすくって

飲んだ時だった。微かに人の気配を感じた。

夜分に忍び足でうろつく者に碌な奴はいないはずだ。

「 シロ、下がっていろ」 と小声で云った。シロがにゃあとないた。

「 おい、ここだ、奴は猫を飼っている」 と声がした。

「 戸板をうち破れ、ぐずぐずするな」

心張棒を外し武助がすっと外に出ると襲撃者は驚いたようだ。

相手はすでに刀を抜いているから遠慮なく打ち据えた。

刀の下げ緒で手足を縛り上げた。井戸端で水を浴びせるとぶるぶる震えたがどこの藩の者か何も云わない。しかし着ている

衣服の紋は皆同じだ。
瓦版屋の石吉に事情を話すと大喜びで帰って行った。次に伊助に

来てもらい番屋に連行してもらった。町方は武士を取り締まる事は出来ないが、夜分に長屋を襲ったのだから事情を問いただす

事はできる。
しかし日頃付け届けを貰っている役人から通報があったらしい。

「 姫路藩の用人が問答無用で引き取って行きましたぜ」 と伊助が云った。

次の日には瓦版が売れに売れたらしい。

「 さあさあ、播磨の某藩の侍五人が深夜長屋を襲ったんだ。しかし刀を抜いた賊に心張棒で相手したのは、かの小子野木橋の

辻斬り退治で有名な内海武助様だ。それに隅田川の土手を駆ける姿は皆知っているだろう。

立花道場で
後見を務める腕前はだてじゃない。ばったばったと眠らせてしまったからすごい。

そもそも何故内海武助さまを襲ったのか? それには深いわけがあるんだ。

さあそこからは瓦版を読んでもらいたい。一部五文でいいや、もってけ泥棒!」

日頃退屈している庶民は痛快なでき事が好きだ。威張る武士など好くもっていないから、噂はどんどん広がった。

しかし何故そこまでして武助の技術を欲しがったのだろうか。

武助は老中稲葉貞家の屋敷におもむき門番におしん殿か甚八殿を呼び出してもらった。女中の格好をしたおしんが出てきた。

「 江戸で評判の内海様、やっと来てくださったの?」

「 いや違うんだ。ちょっと調べてほしいんだ」 とこれまでの経過を話した。

「 相変わらず内海様はいろいろと抱え込んで大変ね」

「 抱え込むのはシロだけで十分じゃ」 

「 内海様のお頼みですから、お任せ下さい」 とにこりと笑った。

数日後、ケリーから教えを乞うたジギタリスの育て方とこちらの様子をしたため、泉屋に行き金吾に頼まれていた薬草学の

書物と一緒に送ってもらった。

長谷川に商人になった感想を訊くと、商いは奥深い、しかし面白い、商人になってよかったと述懐した。

「 若旦那、奥方とはうまくいってるのか」 と冷やかすとうひうひ・・・と気色の悪い笑い方をした。万事順調のようである。

「 国から道場主横場様からの礼状が届きました」 と幸衛門がいう。

更に最近の武助の様子を訊くので国からの道中で郡代の横領事件に巻き込まれた事。その縁で老中稲葉貞家様の密偵と

懇意となり、そして寒河藩主が
稲葉貞家に誉められた事を話した。

「 御老中ですか! 大変な方とお知り合いで・・・」

「 それに瓦版を見ましたがあれは本当のことで・・・」 

「 これ以上姫路藩などと付き合いたくない為、予防策として瓦版屋に頼みました。襲われたのは本当です」 

「 まさに竹中半兵衛並みの策ですな。いや惜しい」

「 何がでござる。拙者は仕官などしませんよ」

「 いやーこのように剣の腕も、頭の冴えも一流の方がなー・・・」

「 嫁御がおられぬことですよ」 幸衛門が残念そうにいう。

「 ななな、何をいわれる。拙者はまだその様な事は考えておらぬ」

「 他人のことにはあれこれお世話をされるのに・・・」

そんな時突然おしんが泉屋に訪れた。奥女中風のなりである。

店の者がみんなその容姿に気を取られるなか、武助さまはいらっしゃるでしょうかと意味ありげに訊いたので。武助は少し慌てた。

「 内海様、武助さまと云っておられますぞ」 と幸衛門が嬉しそうに云う。

「 おしん殿困るな泉屋に誤解されたぞ!」

「 誤解って何でございます。武助さまとわたしの仲で困る事がございますか」

「 うー」 こうなれば武助は黙るしかない。

「 お女中さま店先ではなにでございます。お上がりになってください」 と

おしんに勧めた。泉屋は武助との関係をどうしても訊きたそうだ。

播磨姫路藩の内情が解りました。藩主榊原政岑様は幕府要職への夢が忘れられないように御座います。

しかし藩財政は多額の借入金が嵩み、幕府の領袖
への献金もままならないのが実情です。

さらに商人からの借金で米や材木の相場に手を出したがそれが裏目に出て更に借財を増やしたようだ。

打つ手が無くなった政岑に陪審がある事を耳うちした。

「 寒河藩ではグラスなる物の販売で巨利を得ておるようにございます」

「 なんじゃそのグラスとは?」

「 何でも異人の屋敷で使われる明り取りに使われておるそうでギヤマンとも

よばれております」

「 なんと寒河藩でそのような物をのう。それでそれは儲かるのか?」 

「 はい、裕福な町方などはグラスで作った障子を何百両で購入するそうで」

「 ならば早急にその製造方法を入手せよ」 と政岑が家臣に厳命したそうだ。

「 武助さまの任官を謀った裏にはこの様な事情があったのです」 とおしんが

語った。武助にとって迷惑な話だった。しかしそういう事情があるなら前回の襲撃で終わるとは思えない。

「 寒河藩にも手を出してくるかもしれません」 と云われうーんと唸った。

寒河藩の一番弱いところだ。側室と国家老一派により暗殺されようとした

事がある。まあ何かあれば寒河藩から云ってくるだろうくらいに思っていた。

しかし思わぬ所から武助に情報が入って来た。

寒河藩の嫡子、直兼が誘拐されそうだと伝えてきたのは久助の手下の千太だった。

ましらの天兵衛の行方を追う中で各藩の中間部屋にも探りをいれていた。

渡り中間が開く賭場は半ば公認になっており、そこからの水揚げも一部

屋敷に入るのである。そんな中間部屋では金さえ出せば酒や食い物も出してくれる。御店の番頭風のなりで潜りこんでいた

千太は変な噂を聞いた。

播磨姫路藩の下屋敷の中間部屋で聞いた話では、誰かを誘拐する話がある

という。詳しい事は判らないが、どこかの藩の嫡子を狙うという。

それが武助の関わりのある寒河藩と繋がるか分からないが

「 すまなかったな気にかけてくれて、助かった」 礼をいい心づけを渡した。

さてどうしたものか。江戸家老の飯島頼母に事情を伝えた。

「 なに! 政岑め何という事を画策しおるか。内海殿、防ぐ方法は無いか?」

「 若さまが近々外出されるご予定はございますか?」

「 先代の直輝様の月命日の墓参に参られるが・・・あっ!」

「 おそらくそれでしょう」

「 これは止められぬぞ」 頼母が困ったように云う。

「 この際、後の禍根を残さぬよう、動かぬ証拠を掴むのです」

「 お任せ下さい。その時には寺本、楠田と稲葉さまのご配下にも協力して貰います」

「 お主、老中にも顔が効くのか?」 はあ、と武助は応えた。

稲葉さまの屋敷におしんを訪ね事情を話し、若さまの墓参の日も伝えた。

墓参の日にはまだ間がある。

武助はグラスの鉢を考えていたのだ。泉屋の盆栽を見せてもらった時ふと気が付いたのだ。グラスの鉢の中に

小さい盆栽を作りそれを飾るのだ。

今ではグラスの製造技術もかなり進んで歩留りもかなり上がった。

しかしそれは板状のグラスにおいてである。武助の好奇心がむくむくと沸き上がった。

立体的な形状のグラスを造るにはどうしたらいいのだろう?

あのケリーに訊けば答えを得られるかもしれないが何でも頼るのは情けない。

鉢状の入れ物にグラスを流し込んでも下に溜るだけだ。

ならば二重の入れ物に流し込めばいいか・・・

素焼きの壺の外側に張りぼてのように紙を溶かした物を張り付けてみた。

乾燥した後、紙の表面を磨き砂でツルツルにした後

外側を粘土で覆った。

東村山の窯元にそれを運び焼いてもらうように頼んで帰った。

武助はそこに付いていたかったがどうも姫路藩の動きが気になって長屋に

戻って来た。湯屋に行き、久しぶりに髪床にも立ち寄りさっぱりした。

夜、久助の手下の千太がやってきて

「旦那、夜分申し訳ないが、親分がすぐに着て下さるように云ってます」

「 分かった、参ろう」 さっぱりしたところだがしょうがない。

「 ましらのやろうの根倉が分かりましたんで。いま捕り方が囲んでおりやす」 ましらの天兵衛には

捕り方も過去散々な目にあっているから必死だ。
武助が駆けつけると川を挟んで大勢の捕り方が隠れていた。

「 内海殿、この度もかたじけない。あの百姓屋です」 と宮下が出て来ていう。

「 どうやら今夜何処かを襲うらしく手下が集まっております」

「 奴らは船で出かけるようですな。先に船を流しておきましょう」

と武助は上から川を渡り、船に近づき流してしまった。

武助は百姓屋に包囲を狭めるように合図を送った。

高張提灯が掲げられたのを見て武助は百姓屋に飛び込んだ。

驚く盗賊をバタバタと叩き伏せる。逃げる者は追わず、頭目と対峙した。

成程でかい。ここは狭い表に出ようという。頭目は三尺余りの大太刀を

抜いてニヤリと笑った。

「 少しは出来そうだな、面白い。この胴太貫を下手に受けるとその方の太刀は折れるぞ・・・」

 と自信満々だ。
しかし武助は臆せず間合いの中に踏み込んだ。

天兵衛の剣が凄い勢いで落下するが背を低くした武助がさらに踏み込み

足を斬り割った。凄い悲鳴をあげる天兵衛に止めをさしてやった。

「 すごい、驚きました」 様子を見ていた宮下がいう。

「 衣服が血で汚れましたね。同心部屋の風呂で汗を流しませんか」

風呂に入り、かえの着物を借りて帰ろうとすると、

「 ご面倒でしょうが、牧野さまが会いたいと仰せです」 と宮下が済まなげ

にいった。部屋に伴われていくと北町奉行の牧野藤梧が待っていた。

「 内海殿、宮下いや北町の者がいつも世話になっておるな。礼を申す」 

「 とんでもございません。こちらこそ何かとお世話になっております」

「 ところでそなた、立花道場の後見をなす身じゃそうじゃが、泉屋や

寒河藩、それに稲葉さまとも関わりがあるとか。その様なお主がいまだ

長屋住まいとはどうゆう事かな? 仕官の気はござらんのか。拙者がお世話いたそうか」 と牧野が悪戯っぽく訊く。

「 ははっ、いずれ国で道場を継ぐ身なれば、其の儀は何卒ご勘弁を」 また汗が出てきた。

早々に番所を出て長屋に戻った。
翌日飯を炊き、ぼて振りから買った鯖を煮つけ、シロと一緒に食った。

道場に行くと甲高い声がする。見るとどうも女が竹刀を振るっているようだ。

新弟子を指導していると、三宅がその女を紹介した。

「 旗本宇津木さまのご息女かな芽さまです」

「 宇津木かな芽にございます。ご指導よろしくお願いいたします」

「 内海武助です。良しなに。中々の腕前ですが以前は・・・?」

「 中西一刀流に通っておりましたが少し物足らず・・・」 気が強そうだ。

「 中西道場が物足らないとは大したものです」

「 お稽古を願えませんか」 というから武助も防具をつけ立ちあった。

やたらに打ちこんでくるが武助は全て軽く打ち返す。武助は竹刀を引きなさいと云った。

素質はあります。しかし無駄な動きが多いい。腕を上げるには
足腰の鍛錬しかありません。

それでもっと俊敏になれますといった。

三宅に市笠と野田という御家人の次男、三男を二人借りたいと云った。 

若殿の墓参の日が来た。前もっての打合せ通り老中稲葉に頼み、目付に出張って貰う段取りになっている。

襲ってくるのは確実だから駕籠の前に武助、左右を楠田と寺本、後ろを市笠と野田を配置している。

更に遠巻きに家臣を随行させた。寺での墓参が済んで寺の境内まで戻った時だった。

覆面をした大勢の侍が襲いかかった。

必死になって駕籠を拉致しょうとするが、武助たちは次々と打倒してゆく。

「 えーい、何をしておる」 と強そうな風体の侍が前に出てきた。どうやら

雇われた浪人達らしい。ざざっと武助の前に殺到した。この様な事に慣れているらしく波状攻撃を

仕掛けてきた。下がると見せて武助は攻撃の間隙に身
躍らせ刃をふるった。喧嘩殺法も武助には

通用しなかった。立花道場の面々も攻勢にに転じ襲撃者は数を減らしていく。堪らず逃げ出そうとしたが、

後方から待機していた家臣がそれを許さなかった。抵抗を辞めた襲撃者の前に目付が馬を飛ばしてやってきた。

「 静まれ、大目付小栗忠順である。賊ども神妙に縛につけい」 やっと待っていた目付がやってきた。

武助たちはみな刀を引いて畏まる。

寒河藩の家老が前へ出て事情を説明している。やれやれ、これで姫路藩も大人しくなるだろうと思った。

しかし事態はそれで治まらなかった。播磨姫路藩主榊原政岑は幕閣の叱責を受け隠居を命じられさらに越後高田

に転封される。
かわって姫路藩には酒井忠恭が前橋より入封した。

窯元から二重の壺ができたと知らせてきた。早速、市笠と野田を連れて

東村山に向かった。壺は完璧に焼けていた。二重になった壺を水で洗い流した。

真っ黒に焼けた紙が出てくる。市笠と野田も真剣な表情でそれを観ている。

窯元に礼を云って寒河藩の作業場に持ち帰った。

予熱した素焼きの半分の壺にグラスを流し込む。三人とも緊張して冷えるのを待つ。反対向きにして慎重に剥がした。

狙いどおりのグラスの容器の半分が
外れた。陶板にグラスを薄く流し、壺の合わせ目に浸す。

二つを合わせると
グラスの鉢が出来上がった。武助には今のところこの様な作り方しか思い

うかばなかったのだ。水を入れてみたが洩れる箇所はなく安堵した。

この鉢を武助達は三個作った。

綺麗な砂利と水草を入れ、そこに金魚を放した。

老中稲葉貞家の屋敷に赴きおしんを呼び金魚鉢を渡した。

「 おしん殿この度は世話になった。これは拙者が作った金魚鉢じや、御老中にも礼を云ってくだされ」

「 ちょっとお待ちください。稲葉さまが会いたいとおおせです」

「 しかし拙者は・・・」

「 ぐずぐず言わないの! さあ奥にあがって」 と急かされる。

すぐに貞家はやってきた。

「 そちが内海か、永い間待たせたの」 と云う。

「 御老中様には御機嫌麗しく、恐悦至極に存じます」

「 その様な挨拶はよい。もそっと気楽に話せ」

「 ははっ、わたしめの様なものには些か敷居が高うござりますれば」

「 よく云うわ、しかしお主には世話になっている」

「 とんでも御座いません。身共こそ御老中様にはお世話になります」

「 その方の後ろに置いておるのはなんじゃ、土産か?」

「 ははっ、これは身共が初めて作りましたグラスの金魚鉢でございます」

「 なんとこれがグラスとかいうものか。おお、透けているではないか。これを

お主がのう。綺麗なものじゃな」 貞家が感心していう。

「 姫路藩の騒動ではお力をお貸し頂き、まことに有難うございました」

「 それは幕府の安泰の為じゃ、上につくものの仕事である」

「 お主、寒河藩の改革に手を貸しているそうな。おしんから聞いておるぞ」

「 町道場と泉屋の後見をなし、更に町奉行にも力を貸すという。それに寒河藩とも繋がり

があるお主が猫と長屋住まいとか。それに仕官の望みはないと俊光殿から聞いておるぞ。

「 おそれながら、それもこれも成り行きでございます。そしてわたくしめは

今の町方の暮らしが合っております」

「 ははは、欲のないやつじゃ。面白い、これからも遠慮なく顔をだせ」













<
第7章 武助妻帯する
inserted by FC2 system