第四章   グラスを造る


次の日道場に今日は拠所ない用事で休むと伝えた。

「 何、お主は寒河藩にも食い込んでおるのか」 と羨ましそうに立花がいった。

髪結いに行き長く伸びた月代を剃り髪をすいてふけを掻きだしてもらうとすっきりした。

「 はい、一丁あがり、旦那今日はめかしてどういう風の吹き回しで?」

「 よほど普段はむさいようだな」

「 旦那なんぞましでさあ。しかしよく見るといい男じゃないですか」

「 冗談でもそう云われれば気分がいいな」

「 旦那は立花道場のお方でやしょう。何でもあそこには凄い使い手がいると

ここらじゃ評判ですぜ。たしか内海何助とかいったな・・・」

「 確かにおるな」

「 それが、鬼のように強いが、むっつりしていておまけに口下手らしい」

「 その口下手がこのお方だぞ」 と聞いてた年寄がいった。

「 ヒェー、ご勘弁を!」 髪結いの亭主は腰を抜かした。

「 いや気にするな 。以前はむっつりだったが、近頃ではだいぶましになったぞ」 

亭主に礼をいい、長屋に戻り、米を研いでいるとまた長屋の女房達にからかわれた。いつになく

すっきりしているという。

炊き立ての飯に納豆とめざしに豆腐の味噌汁である。シロにもメザシの猫まんまを作ってやった。

「 今日は正装にしようか、どうだ?シロに問いかける」 にゃあとシロが応えた。

かみしもに着替え、両刀を帯に差し込む。シロを隣のおみねに渡し、

「 ちょいと出掛けて参る」 と云った。

「 見違えるようだね、そうすればそこらのお侍に負けないよ」 と驚いている。

「 慣れないから動きにくいな。偉い人に会うから仕方ない」

「 偉い人って誰よ?」

「 寒河藩のお殿様だ」

「 ははは、冗談がうまくなったよ」 と笑われた。

上屋敷を訪れ用件を云うとすぐに用人が出て来ていった。

「 内海どの参られたか、案内致す」

奥に通され待っていると俊光がせかせかと入ってきた。

「 内海、ごくろうじゃな」

「 とんでも御座いません」

「 実はな、先日のグラスの話じゃが、横浜の商人に人を使わして調べたところ

その製造は難しいそうじゃ。国内では製造は無理と申す」

「 恐れながら申し上げます」

「 おう、忌憚なく申せ」

「 誰でも簡単に出来る物なればとっくに普及しておりましょう」

「 例え困難でもやる価値はあると愚考いたします」

「 商人が難しいと云うからは試した事があるのでしょう。一年いや二年でも

喰らいつけば道は開けると・・・いやわたしめがまず参ります」

「 おうそうか、行ってくれるか」

「 宮仕えは責任を取りたく無いもので御座います。私の修行します道場の若侍も二名連れて

行きとうございます」

「 よし、そちの云う通りに致そう。これ宮部を呼べ」 と小姓に云った。

路銀を含む諸々の費用を受け取り、道場に行き事情を述べ立花に同道する

二人を選んでもらった。二人とも御家人の冷や飯ぐいだからすぐに了承した。

大家にしばらく家を空ける事を伝えた。次の日、旅支度をして、シロを隣に預けようとすると

離れようとしない。已む得ず懐に入れて旅立った。

内藤新宿で二人とおちあい、横浜を目指した。3人とも健脚だから夕方には

横浜の宿に着いた。

宿の主人にグラスを扱う商人を知らぬかと訊いたが分からぬという。

翌日、3人で街に繰り出すと異国の様な風景に驚いた。

聞いてはいたが、洋式の建物に石畳の道、馬車。3人ともぽかんと眺めた。

ぶらぶらしていると騒ぎが起こった。侍が異人を取り囲んでいる。

異人はさかんに制止しょうとするが、相手は頭に血がのぼっているようで

既に刀を抜いている。

武助は飛び出していって異人を庇った。

「 街中で物騒な物を抜くでない」 と云うと

「 黙れ、引っ込んでいろ。どかぬと斬る」 と振り回してきた。

バンと刀をはじき飛ばすと、10人くらいが斬りつけてきた。

止む無く3人でひょいひょいと峯で片付けた。刀を収めると震えていた異人が

何か云った。さっぱり解からないが礼でも云ってるのだろう。

立ち去ろうとすると後ろにいた者が喋りだした。

「 こちらはジョン・ケニーさんです。あなた方に礼が云いたいとおっしゃつて

います。私は通詞の中村と申します」 

「 私は内海武助、そして仲間の楠田と寺村です」

「 いったいどうしたのですか?」 と訊くと夫人が侍のかっこうが面白いと

指さしたら怒ったらしい。

付いて来てと云うから何事も経験と後ろをついていった。

洋館に案内され、広く明るい部屋に案内された。きょろきょろ3人が見廻し

ていると、ケニーとかいう異人が笑って椅子に座れと云うしぐさをした。

恐る恐る座ると、使用人らしい女が飲物を運んできた。

ケニーはそれを飲めと云ってるらしい。喉が渇いていたので遠慮なく飲んだ。

甘くそしていい香りがする。美味しいというとそれは紅茶だと通詞がいった。

「 先ほどは助けてくれて感謝している」 と通詞が訳す。

「 とんでもない。最近の侍は自制が効きませんから」 と云った。

「 私は商館で貿易の管理をしているが、あなた方はどういう立場の人か」

「 私達は寒河藩の使いで、グラスの製造方法を学びにきたのです」 と武助は

窓を指さし云った。

大げさに手を広げケニーがいった。

「 良い所に目をつけました。しかしそれは中々難しい」 と云った。

「 難しい事は聞いているが、それが何故か解からないのです。それは原料

のことでしょうか。それとも・・・製造の方法でしょうか」

「 おー、あなたは中々熱心そうだ」

「 わたしも詳しくは知らないが、グラスの原料は珪砂です。聞くところに

よると珪砂だけでは熱しても溶けないのでソーダ灰を加えます。

珪砂は海岸に行くと半透明な石がありますがそれです。私の国では山から

取り出します。そして・・・」 と続けるケニーを止め、楠田と寺村に書きとめろといった。

「 ありがとう御座います、親切に教えて頂いて。もっと詳しく教えて頂きたい」 これは有難い。

親切な異人だ。

「 いいですか、解り易く絵に描いてきましょう」 と云って白い紙に西洋の

筆記具で原料と割合、るつぼ、ふいごなどの絵をかいてくれた。

そして
通詞にその名前を書き加えさせる。珪砂の他にソーダ灰、と貝殻を砕いた物、それに少量

の鉛をくわえます」 

「 ソーダ灰は灰ですが温泉でも採れます」

「 大体そのようなものでしょう。少量から始めなさい。何度も割合を変えてみなさい」 とこの親切

な異人は云った。

しかし、異人という者は皆このように博学なのか・・・と訊いてみた。

「 それは、私は若い頃は冶金とか学んだ事があるからです」 と片目を

つぶった。異国の役人とはみなこの様にくだけているのだろうか。

「 また来なさい。遠慮はいりません」 とケリーは大きな手で握手した。

「 あなたは気にいられたようです」 と通詞がいった。

何度も礼を云って異人の家を出た。

あの異人に出会ったのは幸運だった。こうして基礎的な事が解ったのだ。

ついでだから、耐火煉瓦と粘土、るつぼ、ふいごを仕入れ、大八車に積んで運んだ。

ソーダ灰とかいう物は温泉で採れるというから途中温泉に寄って
湯の花も採取した。帰りは荷が

あるから三日かけてゆっくり戻った。

寒河藩にどこか炉を作る場所が欲しいと伝えると目黒の作小屋を教えてくれたので大八車を

そこまで引っ張った。

大工に頼み寝泊り出来る様にしてもらい、武骨な炉を造った。薪を買い、

珪砂らしきものを海岸で笊で選り分け持って帰った。

いよいよ挑戦が始まった。るつぼが真っ赤になったが中は溶けてこない。必死で

ふいごを踏みようやく溶けて来た。どろどろになったところでるつぼを金挟さみで掴み炉から

取り上げた。真っ赤な色が少しずつ色が変わっていく。

薄い鼠色の塊りができた。とてもグラスとは云えない。

がっかりする楠田と寺村に 

「 初めはこんなものだ。これからが勝負だ」

「 お主ら寒河藩に推挙されたいなら工夫しろ」 と人参をぶらさげた。

何度も繰り返すうち原料の配合割合により溶け具合が違う事。

そして珪砂の種類により出来上がる色が異なる事がわかった。

そしてついに透明なグラスの塊りができた。作業場は暑くふんどし姿で取り組み、ひと月以上風呂

にも入らずいたので、3人とも手も顔も真っ黒になっている。

井戸で顔や身体を洗い泉屋が持ってきてくれた着物に着替えた。

今日は三人で飲もう。その前に髪結いに行かんとな。

その晩は大いに飲んだ。

「 まだまだ、剣でいえば、初段階だ。これから困難が待っている。例えば

小さなるつぼでは上手くいったが、容器を大きくしなくてはならん。

冶金屋に行って調達だ」

「 それにな、そのるつぼに合った炉と陶板を乗せる炉も造らねばな」

「 陶板とは何だ、何の為にいる?」

「 お主も気がついたであろう。グラスを取り出して地面に置いたら・・・」

「 おう、ひびが入ったな。でどうする」 寺村が酔った顔でいう。

「 しっかりしろ寺村、だから武助どのが陶板と云っているのだ」 と楠田がいう。

「 つまりだ、新しい炉に陶板を乗せて暖めておく。そこに溶かしたグラスを

流し込む。さすればひびが入りにくいだろうと武助殿は言っているのだ」

「 しかし、俺はこの仕事が気に入っている、楽しいのだ」

「 お前かなり酔いが回ったな。わしもこの様な物づくりは合っている」

ふたりとも御家人の部屋住みの身で肩身の狭い思いをしているのだ。

「 そうか、ならいっそ武士を辞めるか?」

「 なんでそんな意地悪な。第一親が絶対許さない。ワーン」

「 寺村は泣き上戸か、おれだって泣きたいくらいだ」 と楠田も泣きそうだ。

純情な若者達からやがて新しい産業が生まれいくとは誰も気が付かなかった。

全ての準備が整い、第二段階のグラス製造の挑戦が始まった。

るつぼが真っ赤になり、やがて3人が配合した原料が溶け始めた。

大きなるつぼには取っ手がついており、獣の皮で作った手袋をはめた楠田と寺村がそろそろと鉄棒を通し持ち上げた。

陶板は別の炉で予め熱せられていた。そこに慎重に溶けたグラスを流しこんだ。

息をつめて3人は冷えて行く様子を見ていた。

「 おう、今度のグラスは白いぞ」 と楠田がいう。

「 違う、よく見ろあれは陶板の色だ」 と寺村が叫ぶ。

陶板が冷えその白さがグラスを通過して見えてきた。

触りたいのを必死で押さえ完全に冷えきるのを待った。出来上がったグラスの

板は透明で光っていた。そっと持ち上げ日の光にかざした。直接光がキラキラ

と目に入る。外の景色もそのまま見える。作業台の布の上にそっと置く。

その様子を2人が固唾を飲んでみていた。武助がニッと笑うとわっと

云って近づいてきて云った。

「 出来たのか?本当に!」 武助は頷いた。

最初の板グラスはこうして完成した。

しばらくは喜びの余韻が続くままにして、ぼんやりしていた。

武助たちはまだグラスの性質を知らない。多少の可塑性はあるが固くて脆い

と云う事が経験から判るだけだ。

そこで何十枚もの板グラスを作った。陶板の大きさそのままである。

刀でも鋸でも切れない。取り敢えず表具屋に頼んで板グラスの大きさに合わせた障子を作って

もらった。一応外枠は定寸にしてある。

布団にくるんだそれを大八車に乗せ寒河藩上屋敷に運んだ。

「 出来たのか、本当に?」 家老が出てきて疑わしそうに言った。

「 庭に面した部屋に案内頂きたい」 武助が云った。

布団ごと部屋に持ち込み障子と入れ替えた。

そこに俊光が泉屋とともに入って来た。

「 やりおったか? 内海、どこじゃグラスは・・・」 武助はだまっている。

俊光の目線が透明の障子に目がゆく。近づき触った。硬い音がした。

「 おお!これか、驚いた、外の庭がそのまま見えるぞよ」

「 天晴じゃ。三名の者、よくやってくれた」

「 お殿さま、ぶしつけながら、商人の眼で見ますと、おそらくこの障子一枚で二、三百両の値が

つきましょうな」 泉屋がため息をついて云う。

「 このお庭に客を呼び自慢をするのです。さすれば注文が殺到致しますぞ」

「 左様か、やってみよう。商いは泉屋お主に任そう」 と俊光が命じた。

「 お殿様、まだ問題がいくつも御座います」 と武助が水をさす。

「 この形状の板は作れますが、グラスを切断する道具が無い為、加工が出来ないのです。

つまりグラスは硬いのでございます」

「 求める者は障子とは限りませぬ。様々な寸法を要求してきましょう」

「 何卒、グラスを切る道具をご考案下さい。私には伝手が御座いません故」

「 更にグラスの原料である珪砂でございますが、海辺の砂を選り分けて

使っております。しかしそれでは非常に時間と手間を要します」

「 なればご家来に命じられて珪砂を産する山をお探し下さい」

「 内海、その方達ばかり苦労をかけて済まなんだ。ここまでくれば家来に

命じる故心配致すな。仕事をせぬ役立たずは我藩にはいらんでな」

俊光は三人に泉屋を通じて褒賞金を与えた。大金のため泉屋に預けた。

武助は久しぶりに長屋に戻る事ができた。大家に挨拶し土産を長屋中に配るように渡した。

昼時なので藪蕎麦で蕎麦をたぐり、シロも猫まんまを食べた。

娘のきくに異人街で買った西洋人形を渡した。大変な喜びようで

「 猫のおじちゃんありがとう」 と武助のかぶが一挙に上がったようだ。

「 旦那すみませんね」 と伊助が云う。

「 なあにシロがいつも世話になるからな」

「 シロはだいぶ大きくなりましたね」 と女房のたかよが云う。

「 そうだが、甘えん坊で懐から出ようとせんのだ」 シロがにゃあと鳴いた。

「 内海の旦那少しお話がありますが、よろしゅうござんすか?」

と伊助が遠慮がちに云う。

「 遠慮なく云って下さい。お手伝いしますよ」

「 ありがてえ。わっしのお仕えする宮下さまが内海の旦那に助を頼みたいとおっしゃるんで」

最近辻斬りが再三起きているそうで、捜索に当たった町方の役人が斬られため、必死になって

探索しているらしい。

斬られた役人は腕の立つ者であったが、一緒にいた小者も怪我をしたらしい。

探索を続けているうち、また町人が斬られる現場に出くわし追いかけたが逃げられた。しかし別の

街で捜査をしていた下っぴきがそれらしい者をみかけ
後をつけていくと旗本屋敷に入ったのを

見届けたのである。

それが代々徒目付を務める中根忠正の子息で忠次であることも判明した。

新陰流の皆伝者と云う武辺者で取り巻きには槍術、弓術、棒術等の達者を

揃えているという。それらの者を連れて腕試しと称して暴れ回るらしい。親の権威を笠に着て何で

も通ると思っているようだ。

町道場に乗り込み門弟に
怪我を負わせたりして、家中の者はもみ消しに大変らしい。

従来、大名ゃ旗本では家臣らの喧嘩沙汰などを穏便に済ます目的で町方に付け届けを

贈っていた。その金の一部は岡っ引きや下っぴきを動かす資金にも
なるのである。しかし今回は

役人が斬られたのであるから面子がかかっている。

犯行現場を押さえ捕縛するつもりなのだ。目付の了承は受けているものの

相手は猛者揃いであり、とても役人の手には負えない。捕り物の助とは云うが

武助は役人の用心棒役らしい。

「 いいでしょう。引き受けました」

「 有難うございます。つなぎはお長屋に致しますんで」

長屋に戻り、飯を炊いていると長屋の面々が顔を出して土産の礼を述べた。

「 内海の旦那、後で銭湯に行きやせんか?」 と大工の富蔵が誘った。

早い晩飯をシロと食べる。隣のおみねに伊助が来たら銭湯にいると伝えてくれと云って出かけた。

「 旦那、長屋を留守にしていったいどこで羽を伸ばしていたんだい?」

「 何を申すか、仕事じゃ」

「 仕事は立花道場でしょうが」

「 寒河藩の依頼でグラスという物を造っていたのだ」

「 なんでえそれは?」

「 お主、ギヤマンを知っておるか?」

「 見たことはないがピカピカ光る器だろ。高価な物らしいな」

「 うむ、それがグラスだ」

「 それをなんで旦那が・・・」

「 まあ色々あってな! したが商売の見通しはついて長屋に戻ったところだ」

「 お大名が商いをなさるんで!」

「 いずこの大名も借財が嵩んでおる故な。町方の方が余程ましじゃな」

「 お殿様でも一日二食、魚なんぞめったに出ないのが武家の暮らしじゃ」

「 あんなに威張ってるのにかい。そんなら俺は町人でいいや」

 長屋に戻り、寝る支度を始めたときだった。

「 内海の旦那、もう寝ちゃいましたかえ!」 と伊助の声がした。

「 おう、伊助さんか、入ってくれ」

「 旦那、出やした! 夜分申し訳ねえが、お出まし願いしやす」

太刀を掴み、シロに留守番するように言いきかす。

外に出ると、空には眉のような絃月がかかっている。

「 小子野木橋辺りでやつらが集まっていやす」

「 捕手はそこら中を囲んでいやすが宮下の旦那が内海さんのお出ましを待っておりやす」

「 よし、急ごう」 と武助は走り出した。月明かりに白く照らされた川沿いの道は人影はみえず

静まりかえっている。

「 御助成かたじけない」 と途中で宮下が出てきた。

「 何人いるのですか」 と武助が様子を訊く。

「 四、五人います。得物は槍やら弓まで持っています」 どうやら武助を頼りにしているようだ。

「 私がまず弓を持つ者を片付けますから下がっていてください」 と武助がいい、橋に近寄って

行った。

晩夏の生ぬるい風が川沿いの道を吹き渡っていく。

橋のたもとで行く手を塞ぐものが現れた。

距離は一町あろうか、武助は素足になって道の中央に立った。

次の瞬間ブンという音とともに夜気を切り裂いて何かが飛来してきた。

恐ろしい程の勢いで迫ったそれを武助は本能的に避けた。

普通の弓勢ではない。石弓のようだ。武助は相手に向かって走りだした時二本目が来た。

体が勝手に反応し矢を切り上げた。

石弓の勢いは凄いが、矢継ぎ早に射る事は困難である。

相手が矢をつがえる前に近づき腕を切り払った。

「 こやつ手強いぞ!」 仲間が緊張した声をあげる。

横から繰り出された槍を避けると穂先が肩先をかすめる。

武助はたえず移動し四人の攻撃を躱す。

「 おのれ、ちょろちょろしおって」 

激昂した声がした逆の方向に向き直り、すくい上げるように胴を斬った。

斬った相手に体当たりして、驚く次の相手の膝を斬りつける。さらに槍を構えた相手と対峙する。

「 そなたら、最早逃げられぬぞ、捕り方も囲んでおる。観念せよ」

「 黙れ! 我等を誰と思う。徒目付中根忠正さまの者ぞ」

「 人を殺める旗本などいるはずがない。抵抗すれば斬る」

「 内海殿、目付とは話が出来ています」 つまり始末せよということだ。

槍の使い手と旗本の嫡男が同時に攻撃してきたのを避けもせず、闇を斬る

ように刀を二閃させた。槍を持っ手が両断され音をたてて落ち、旗本の嫡男の喉元から血が噴き

出、それを押さえるように倒れ伏した。

「 お見事です内海殿!」 様子を見ていた宮下と捕手が集まって来た。

「 あれで良かったのでしょうか」 と武助は云った。

「 上々です。後はお任せ下さい」 と宮下は上機嫌だった。後で聞いた話では

中根家は御取りつぶしになった。忠正がいつまでも隠居せず、さらに武勇を誇る自分が認めて

もらえぬ鬱屈が人斬りに走らせたらしい。

寒河藩に何度も武助は足を運び、俊光が組織したグラス製作係りと談合を続けた。寒河藩の領地

に珪砂の様なものが出ると報告を受けたという。

陶板は色々と仕入れる事が出来たようだ。

しかし、グラスを切る道具がいまだに見つからない。

武助は思案したあげく砥ぎ屋に行き訊ねた。

「 一番硬い砥石は何だね」

「 お客様それは荒砥でございますよ。刀や包丁の最初の砥ぎに用います」

「 済まぬがそれでこれを擦ってもらえまいか」 と板グラスの破片を見せた。

擦るとツーという音がしてグラスにすじが入った。

それを曲げるとパリンと綺麗に割れた。しかし砥石のままでは使えない。

砥石屋に小刀状に荒砥を加工できるか訊いたら、筆の様な棒に砥石を付けてはと云われ

注文した。更に荒砥の成分の中にはメノウの粉末もあるというので
それも注文した。

寒河藩北村山大石田の岩層から採取した石を砕いた物が作業場に運ばれてきた。半透明な石で

あり期待がもてた。溶かしたグラスは

陶板に流され、ゆっくりと冷えて来た。出来具合ははこれまでで最高の透明度であった。定規を

あてグラスの縁を購入した道具で切り取った。

これで武助の考えていた販売までの第二段階を克服したことになる。

俊光にその事を報告すると喜んで云った。

「 内海、よくやってくれた。作業場は残すが、後はわが家中に国元においてやらせよう。

お主を国元で働かせるのは無理とわかっておる。
泉屋も立花道場も離さぬ故な」

「 あの寺本と楠田両名を我藩で雇いたい。どうであろう」 と云った。

「 ご配慮有難う存じます。両名とも喜ぶと存じます」

「 ただ、私もあの者に対して責任がございます。ご無礼ながら、役どころと俸給をお知らせ頂けま

すれば幸いにございます」

「 うむ、もっともじゃ。人参であろう。解かっておるわ」 と俊光は笑った。



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第5章 国へ帰る
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