第十五章 終章




想えば様々なことがあり、通り過ぎて行った気がする。

何も分からずただ道場で竹刀を振り回した時代。

父や母の愛情に恵まれていた幼年時代。藩に出仕して味わった苦悩。

無口な武助を色々と可愛がってくれた横場夫妻

耐えられず致仕して江戸を目指した武助を励ましてくれた和尚。

様々な人に支えられ自分は生きてきたのだ感じるのだ。

武助の大きな転機になったのはケリーに出会った事だ。

あの親切な異人に出会ったことが大きな幸運を呼び込んだ

のは間違いない。

この地に新たな産業が生まれたのは武助の無鉄砲な行動力もあるが

多くの若者の力によるものだ。

この田舎道場を中心にして多くの若者が育った。

これからは彼らを自立させなくてはならない。

武助は蔓矢に云われて各部門の組合を作ることにした。

若者は蔓矢に鍛えられて事業について学んでもらった。

いずれこの地から離れて自立し販売店を出す者もいるだろう。

組合はその商品の補給と様々な援助を行う事になろう。

津山藩の新たな挑戦で切り開いた台地はいま楮、三椏などの製紙材料に

なる木が植えられ、いずれ製紙事業も始まるだろう。

菜種油の搾油も藩士の手によって行われ藩の収入源になっている。

その他には葡萄や梨の栽培も順調のようだ。

そのせいでこの中国山地にある津山にも大勢の人が来るようになった。

地域が賑わえば領民の収入も上がり生活も楽になるだろう。

これからも新しいものを学び、さらに新しい事を起こさねばならない。

津山藩ではその事に気付いたらしい。見込みのある若者を長崎に

送りたいと云ってきた。勿論その意見に賛成だから費用は出すつもりだ。

金吾もその中に入れてやろうと思っている。大いに学んできてほしい。

本当は自分が真っ先に行きたいのだが、武助とかな芽のあいだに子供が

できたのだ。今までのように無責任な行動はしばらく控えねばならない。

横場夫妻は本当の孫のように喜んでくれた。

いま武助が考えているのは運送業の発展である。

江戸までの陸路は石や岩がゴロゴロとして坂道も多く大規模な運搬には

適さない。現在の海路はかなり発展しているが、船は帆が一枚で

風次第で何日も港で風を待つこともある。

だが横浜で見た帆船は大型で帆の操作で逆風でも進めるらしい。

いつか自分達の力であのような船を造りたいものだと思うのだ。

夢は果てしなく続く。津山の山々をぼーっと眺めている武助を

かな芽は優しく見守っている。


                                          


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