第五章   開店


猿楽町新天地通りに朝から賑やかな声が響く。

元ホームレスのロクさんとチョウさんにAさん、そして3兄弟が書棚を運び出しているのだ。

私は何をしていいかかつてが分からずうろうろしている。

Aさんが起重機のように重い棚を軽々と持ち上げ、トラックに載せていく。

みな、楽しそうにわあわあ言いながらやっている。俺の店だぞ、まぜてくれー。

この棚は作業場で解体しサイズを縮小し、塗装をやり直すらしい。

思ったより広いスペースができた。ふむ、ここにテーブルを置き、ここにソファーを2セットと

テーブル、ウォーターサーバーを入れてもいいな。3兄弟に聞くと

一階の壁紙は黒に統一し、照明は落ち着いた暖色にしたら?という。

それだと師匠の店よりかなりすっきりした雰囲気になるな。

壁紙も電気工事も俺たちにまかせろという。

それではと、1階は任せて、2階の掃除にかかった。まあここは手直しせずこのままでいこう。

独り者だから簡易ベットを持ち込めばいいのだ。

兄弟のお蔭で改装が済み、アパートの大家に退出を伝え来月からの契約を切った。

そして私は店に移り住んだ。お調子者の私の気分は何となくウキウキしている。

しかしよく観察すると、この通り自体が閑散としている。シャッターを閉じた店が他にも

見受けられる。

何も考えずタダで提供された餌に食いついたのはまずかったか?。

占い師なのに自らを占うことを怠っていた。

次の日、この町の自治会の役員が紙を持ってやってきた。自治会の入会申請書である。

じろじろ店内を窺っている。占いですか?、怪しげな店は風紀上迷惑といいたげである。

「 何か問題でも?」 と聞くと

「 いや、客層が変わってこの通りの商売に影響があれば困りますから」

「 失礼かもしれませんが、見た所、今現在この通りの商店は繁盛しているとは思えません

がね。現にこの店も負債で手放したんでしょう」

「 商売の不振を他に転換されてもねえ」 と言うと怒って帰って行った。

冒頭に述べたように暇だった。当然だろう。人通りが少ないのだ。

おまけに宣伝もしてないのだから、当然の結果がここに出ている。

私は以前占いの館で知り合った客に必死で電話をかけ続けた。

「 いや、その後どうされているかと思って… アフターフォローを第一にしており

ますので」 この際だ何でもいっちゃう。

「 あらそう、お蔭でうまくいってるわ。そうねえ、問題がないことはないの」

「 そうでしたか、いやこのたび弟子を卒業して新しく店を開きましたので」

「 まあ、すごいじゃない。寄ってみるわ」

「 お待ちしていますと、店の名と住所を伝えた」

そうして客もぼちぼちやって来るようになった。やれやれだ。

午前中は元ホームレスの作業場で仕事を手伝ったり、河川事業の親方の手伝いもやった。

身体を動かすのは気分転換にいい。

川面を賑やかしていた鴨たちもいつの間にか姿を消し、今いるのはサギや川鵜、かいつぶり

などだ。川は春の光をキラキラと反射している。

今日は河川敷の植栽を植えかえる作業だ。古い土を掘り返し新しい土に入れ替える。

今回はパンジーを植込むのだ。周りのブロックも補修していく。

「 おまえ店を開いたんだって? 何時の間にやったんだ?」

「 いゃあ、今は少しずつお客が入ってくれますが、開店からしばらくは暇で暇で、

でも開店できたのは、みんな親方や、これまで知り合った人のおかげです」

「 そうだな、経営者は何でもしんどいんだ」

経営者と云われるとちょっと恥ずかしい。

仕事を終え、自転車で銭湯に行き汗をながした。猿楽町の軽食堂で遅い昼食を取った。

昔ながらの惣菜を選ぶスタイルであるが、おかずはけっこういける。うーん美味い。

感心しながらパクついていると、

「 あんた占いの人だね・・・」 おじさんが話しかけてきた。

「 そうです、横木といいます」

「 あんたに云いたかったんだ。最近この通りも人の流れが増えてきているんだ」

「 そうですか。それはよかったです」

「 自治会で聞いた話と違うね。いい若者じゃないか。自治会じゃぼろくそにいうからどんな人

かと心配してたんだ」

「 自治会の人が商売に影響するとか無茶言うもので、反論したら怒って帰りましたからね。

まあ大変なのはわかりますが」

「 ところで何か心配事でも? あ・・・みなまで云わないで、解ります」

「 ふむ、悩み事が二つありますね。ひとつは商売の事。もう一つはお子さんとのトラブル

ですね」 指摘がずばりだったのかおじさんは目を丸くしている。

「 ははん、息子さんはまともに仕事をしてませんね。遺産相続の事ですかお悩みは?」

「 商売の方の悩みは借金ですね。あまり振るわないので返済が滞っている」

そんなところですか?と聞いた。

「 あんた恐ろしい人、いや・・・」 おじさんは震えている。

「 あー、すみません、ご家庭の事情に勝手に踏み込んでしまって。占い師の癖ですから」

「 いやとんでもない。わしらは家内とずっと食堂をやってきたんだ」

「 こんなところでも繁盛した時もあったんだ。ところがいつの間にか人通りが絶えて

ジリ貧になっちまってね。

借金は息子の学費やいろいろだ。それにあのバカが仕事をするどころか
遺産の前借を

したいと云ってきたんだ。サラ金に手をだしているらしい」

おじさんも、おばさんも泣きそうだ。

「 そうですか、これも何かの縁です。宜しかったらお近づきのしるしに無料で解決しましょう」

「 一週間程時間を下さい。心配しないで、私はこんな事に慣れてるんです」

息子の住所と電話番号を聞いて店を出た。 

こんなやつがいて親不孝してるんだが、なんとかなるか?とシンさんに聞いてみた。

「 そんなのはすぐに真面にできるよ。連れてきて」 とシンさんは云ってくれた。

ほんとに頼りになる人達だ。

バカ息子はアパートに引き籠っていた。借金をちゃらにする話をでっちあげたらすぐに

出て来た。

いきなり殴りつけ、埋められたくなかったらついてこいと脅した。

シンさんたちのマンションにはあのヤマさんもいて息子を置いていきなさいといった。

後日聞いたところによると恐ろしい夢をバカ息子に吹き込んで改心させたらしい。

借金の方は無利子で立て替えてやったとか、そうするとあの人たちは金持ちなのか?。

見違えるように真面目になった息子を見て食堂のおじさんたちは驚いたようだ。

「 ぼっちゃんは改心して商売を手伝いたいと云ってますからいいとして、商売のやり方を変え

てはどうですか? いまのままではジリ貧ですよ」 と訊いてみた。

「 いま風なセルフサービスにするんです。ここの料理ならどこにも負けませんが現代風に

アレンジしてくださいと頼んだ。

店内を少し改造して・・・あそれはまかして下さい」 私の腹のうちは3兄弟を頼る気でいる。

それに占いの客には食堂の割引券を配るつもりだ。

3兄弟は室内の改装も、表側の模様替えも2日で済ませてしまった。

「 可愛い感じの店だな。あんたらセンスがいいよ」 と兄弟に云った。

おじさんも、おばさんも洒落たコスチュームを着ている。

さあ、あれで何とかおじさんの店が持ち直せばいいんだが・・・。占いに精を出しながら

気になった私は食堂を覗いてみて驚いた。えらく店が繁盛している。

しかしこうも一度に客が増えるのはどうも不思議な気がする。

「 ありがとう先生様、息子も真面になったし、店も繁盛してるし、信じられません」

「 真面目にやってきたからですよ」 私は反っくり返っている。 

「 ところでここの改装の費用ですが・・・」 おじさんが心配げにいう。

「 無利子でお貸ししますよ。余裕が出来たら少しずつ返済してください」

先生と呼ばれ私は大きな事を云ってしまった。

ところで、占いの館レルアパのことだが・・・。

固定客も増え商売は順調である。店には休憩室もあるし、客同士が勝手にコーヒーや紅茶な

どを入れて談笑している。なんとなく居心地がいいというのだ。

なかには礼のつもりで菓子等を持ってくるのでそれを提供している。

トイレの掃除は私がやるが店内は客がやってくれている。

こんな調子でいいのかな・・・私には判らない。

今日の初っ端の客は以前師匠の店の客だった。

「 脱サラして自分の考えた製品を製造販売したい」 という願望を持つ人だ。

じっと観察すると、頭の中央に窓のような物が開き蓄電池の特許が表示された。

特許出願者が会社名になっている。

「 あなたの開発した品物は新型の蓄電池ですね」 

「 そうなんだ。いや、なんでそれを知ってるんだ!」

「 あなたの顔に出ています。あなたはその事ばかり考えていますから」

「 あなたの製品はたしかに高性能です。しかしながら、それの基本的部分の特許はすでに

日本のあるメーカーで取得されています」

「 うそだ、騙されんぞ」 と喚き散らす。

「 あなたは特許申請しただけで、特許情報を調べていませんね。特許情報図書館で見られ

ますよ」 と告げると急に弱気になった発明家にいった。

「 まず調べてみて下さい。はい今日はこれまでです」

脱サラ希望の発明家はしょんぼり帰っていった。

自分の仕事に過剰な自信を持った人は一方向しかみえないのか?

しかし抜かりなく確認する能力も脱サラには必要ではないかと感じる。

自分のことを棚に上げてよく言うよ・・・と反省する。

まあ、あの人には不毛のループから抜け出す契機になればいいのだ。

訪れる人は様々なタイプがあり、心配し、期待し、結果に喜び、あるいは

失望する。私は自分を占う事を試してみたが何も出てこないのだ。

それがどうしてか解からない。でもいいや・・・なのだ。

突然あの刑事がやってきた。

「 おまえ、どうやってこの店を持った?」 単刀直入な質問だ。

「 おまえに関係あるのか」 お前呼ばわりされたからやり返した。

「 てめー、なめたらあかんど」

「 おやおや、顔にぴったりの柄の悪さですな」

「 おめえやくざを潰したらしいな」

「 はて、心当たりがありませんが」

「 証拠はあがっているんだ」

「 潰したら何か罪になるんですか?」

「 調子に乗りやがって、罪状なんか幾らでも作れるんだ」

「 おやー、刑事さん。あなたはやくざと付き合いがありますね。それにその組から毎月手当を

もらっているな・・・飛松組の藤岡さんから・・・それにあれは誰かな?そうか医者のバカ息子が

ヤクをやってるのを見逃して金を貰ってるね」

「 それじゃ一緒に警察に行きましょう。全部ばらしちゃいましょうか」

威勢がよかった刑事が後ずさりする。ワッと脅かすとギャっといって逃げだした。

次にまた来るようなら商売の邪魔になるから対処を考えておかないといけないなー。

あくる日、アパートの3兄弟を訪ねた。銭湯に誘ったのだ。

楽天家の兄弟が今日は何故か口数が少ない。

「 どしたの? 元気がないね」 

「 送り迎えやってる子が家からがいなくなってね俺達が疑われているんだ」

「 そりゃ大変だ。任せなさいそれは私の領分だ」

「 その子の写真かなんかあるかな」

「 おい、さぶ一緒に撮ったのがあるだろう」 さぶさんが出した写真を見た。

すぐには窓は現れなかった。一分くらい睨んでいると年寄と話している子供の姿が現れた。

表札は二木重雄とある。その子の家に電話した。

奥さんにこの人物の家にいると伝えると、それは私の父だという。

早とちりな人だ。その子は祖父の家に行くと約束していたらしい。ただお母さんに断わりなく

行っていたのだ。小さな子ならありがちな話だ。

見つけたのはセフティガードの人だと伝えると疑って申し訳ないと謝った。

やれやれだ。しかし、さぶさんはまだ冴えない顔をしている。

「 あのね、その子の母さんは独り身でね、美人なんだ」 

「 ははあ、さぶさん惚れたのか?」 と聞いても俯いている。片思いらしい。

「 でも、一件落着だ、風呂に行こうよ」 と誘った。

銭湯はいい、こんな贅沢が味わえるのは貧乏人の特権だ。

「 さっきの事だけどね」

「 子供はいい子で懐いてくれるんだけど、こちらの商売がねー、引け目があるわけよ。

さぶには」 仕事はバリバリやる癖に純情な男である。
 

「 それにセフティガードはビジネスとしては間口が狭いからな、しれてるんだ」

私は3兄弟の顔をじっと見つめた。今度はすぐに分かった。未来の彼らは会社の共同経営者

になっている。仕事はいわゆる便利屋だ。 よしそれならば・・・

「 だったら仕事を広げればいい。何でも屋だよ。ちょっとしたリホーム、留守番、介護、

掃除、犬の散歩、植木の剪定、あんた達だったらどれもできるじゃないか。

会社名は・・・東京BNRY・CO・・・ だ」

「 それなら俺でも解かるよ。東京便利屋(株)だろ」 へへへ、少しやる気になったか?

「 場所を心配してるんだったらあの人達に相談してみてもいいよ」

「 そうだな、いつまでも送り迎え業だけではな」 兄弟は頷きあった。 

3兄弟に実現の為の構想を練るように勧めた。中古の軽のバンを買い社名を入れた。

不足の道具は借りればいい。まず宣伝だ。郵便受けにチラシをじゃんじゃん

落していった。一般的な相場の2割引きの宣伝文句が効いたのか朝から依頼が入った。

仕事は失せもの探しも入っているが、最初の依頼はそれだった。

自転車で駆けつけると、免許証を紛失したそうだ。これは私にはすぐに場所が分かった。

車のシートに挟まっていたのだ。それでも規定料金5000円の頂きだ。

アパートに戻ると3兄弟のたけさんが留守番をしていた。

さぶさんとかずさんは水漏れ修理に行ってるらしい。順調なすべりだしだ。

私は受け取った金を渡し、レルアパに戻った。

開店前の店には二人待っていた。老紳士とお付きのようだ。

「 お客さんですか、お待たせしました」

「 いや、時間前だから待つのは当然じゃ」

「 じゃどうぞお入りください。早速ですが」 と恰幅の良い老人をみつめた。

小さい女の子がいた。それが成長する過程が見える。そしてこの老人と言い争う様子が見え、

そして彼女は去ったようだった」

「 お嬢さんですね」 と訊くと老人は頷いた。

「 金の話で失礼だが1000万で、どうか娘の居所を調べてほしいんだ」

「 いろんな所に依頼したんだがね、結局だめだった。君は評判通りの人のようだ」

「 その報酬は私はいりません。でも必要な人がいるんです。その人に渡してもらえるなら

やってみましょう」

「 おーそうかね。わかった、君がそう云うならそうするよ」

じっと老人を見つめた。滝川勲と老人は云うらしい。娘さんの名前は優子さんか。

鳥瞰図のように視界が広がっていく。大きな川を遡る。ここは旭川か? やがて大きな牧場が

見えて来た。朝日牧場と入口に看板がみえる。牛舎の中で作業する姿があり、そこに子供が

ふたり中に入ってきて仲良く話している。

「 いまは幸せにお暮しのようですよ。結婚されてお子さんも二人いらっしゃるみたいです」

「 お二人の間に何があったかは、こちらでは関知しません。住所を本当にお知りになりたい

ですか」 と確かめた。

いっとき逡巡する様子をみせたが、老人ははっきり応えた。お願いすると。

「 旭川の朝日牧場です。 それで分かりますよね。確かめていただいて、正しければこの

人達にお約束の金額を渡して下さい」 

後で老人から聞いた話では就職に関して意見が合わず飛び出したらしい。

どちらも頑固で引っ込みがつかず疎遠になったようだ。

歳を重ね肉親がいない寂しさを感じる様になって後悔したのだ。

その後、娘と和解し、今は孫との付き合いが嬉しいのだと彼はいう。

老人は資産家らしく約束どおり3兄弟に金を渡してくれた。

「 お蔭で近くの潰れた小さな町工場を安く買ったし、道具は大体揃ったよ」

と3兄弟は礼をいう。

「 えがった、えがった BNRYを云いだしたのは私だからな。責任があるんだ」

近々様子を見に行くつもりだ。

シンさんたちのマンションに行くと、

「 お前も金には頓着がないやつだな。1000万もやったんだって?」

3兄弟が喋ったらしい。

「 いいかっこするようですが、その方が生きた使い道でしょ」

「 おまえと気が合うのはそんなところだな」 とシンさんが背中を叩く。

「 以前、リサイクル業の他に人助けが仕事といってましたよね」

「 おうそれか、知りたいか。あんたがやってる人助けよりチョッと派手にやってる

けどよ」 ここから先の話は教祖の許可がいるそうだ。

私と同じ様な仕事ならべつにいいか、とそれ以上聞かなかった。

ずっと後で知った事だが、この連中はとんでもない事をやっていたのだ。



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第6章 回想
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