第二章 用心棒
占い師が帰ってきた。私は先ほどの初占いの経験で落ち着いて対応できた。
「 あのね、一度あなたを見たいんだって」
「 いいですよ。ところで日当はどうなりました」 と聞いた。
「 それも会長さんにきいてよ」
「 云っときますが日当は曲げられませんよ」
「 あんた、急に変わったね・・・ あれから何かあったの?」
「 うんにや」
会長の店に行くとそこはサラ金業だった。経営者の他にも自治会の役員らしい人の顔が
みえる。
「 あんたかね、なるほど身体は丈夫そうだな」 とじろじろ観察された。
今の職業、家族、住まいなど聞かれた。そしてひそひそと相談をぶち始めた。
「 いいでしょう。いつから来てもらえるかね?」
「 日当次第です」
「 うーむ日当一万円か。判ったなんとかしよう」
「 それでは契約成立ですね。明日会社に辞表を出しますから、明後日からということで」
「 わしは会長の藤井、それからこちらは副理事長で歯科の渡辺さん、それから会計で
焼き鳥屋の後藤さん・・・」と紹介してくれた。
そんな時会長のスマホが鳴った。そして急に緊張した顔に変った。
「 ちょっと頼みがあるんだがいいかね。すぐ横のインド料理店でヤクザが暴れているんだ。
すぐに行ってくれないか」 と拝むように言った。
「 いいですよ。では日当は先払いでお願いします」
私は階段を飛ぶように降りてインド料理店に向かった。
そこではチンピラが椅子やテーブルを叩き壊している。
ものも云わず、3人を念入りに叩きのめした。全員膝が粉々になっているだろう。
拳法の師匠からやるときは徹底的にやれと云われた事を思いだした。
「 災難でしたね。大丈夫ですか? それで良く来るんですかこんなのが?」
と店主に聞いた。
「 アリガトございます。 わたしアントンございます」 毛むくじゃらだが気の弱そうな
外人が言った。
「 時々来る連中です。嫌がらせをして金をせびるんです」
「 もう来ませんよ。救急車を呼んでやりましょう」
救急車が来るのを待って私は占いの館に戻った。
お客がニ、三人来ていた。私は隅のパイプ椅子に座った。
カーテン越しに占いの先生のドスの効いた声が聞こえる。
「 だめよそれじゃあ、思い切りいくのよ」 またお得意の決断か!
「 他人に譲って、後で後悔するより、自分の気持ちに正直に行動しなさい」
頭の中に三角関係の図式が浮かんだ。
「 どうしても行動できなかったらまた相談しましょう」
次の客が入って行った。
「 しぇんしぇい、どうしましよう?」
「 ご亭主の事だね。その後どうなの?私の予想では永くない気がするんだけど」
「 辛抱するのよ、もう少し。そしたらガバッと入って来るんでしょう」
「 御主人は好きな事をやってきたんだから満足して逝くわよ。辛抱、辛抱」
何やら恐ろしい事を言っている。
やがて楚々とした感じの女が出てきた。ワアオ だから女は恐い。
次の客は男性だった。見た感じ俺と同じ優柔不断そうだ。
「 だめ、だめ、貴方の運気は最低よ。今は逆らっちゃ駄目。だから今は準備期間と
思えばいいの。下手に焦るとろくな事はないわ」
「 同じ脱サラするにしても、もっと検討の余地ありよ、客観的に世の中の動きをみなさい。
貴方くらい能力があれば判るでしょ」
「 第一今の時代。どこの金融機関でも新規事業なんか融資は渋るわよ」
俺の時はすぐ辞めろと云ったくせに・・・なんだかなー。
そして客が途絶えた。
「 どうだったの上手くいった?」 先生が出てきて言った。
「 はあ契約してきました。 明日会社に辞表を出します」
「 そう、良かったじゃない。じゃあ明後日から来るのね」
「 はあ、お世話になります。決断は早く、借金は慎重にですね」
「 そこまで言ったかしら・・・」
「 あの男の人は脱サラしょうとしていたんですか」
「 そう、あの人は開発した商品には自信があるけど、性格がね。周りが見えてないのよ」
「 でもね、おそらく我慢できずに脱サラするはずよあの人は」
時間が経つとアルコールの入った客が増えてきた。
「 先生どうしたらいいの」
「 家族を家で支えるのは大切なことよ」
「 だってあの人頼りないのよ。家でぐちぐち仕事の不満を云うし・・・」
「 でも会社では幹部なんでしょう」
「 家で愚痴を言うのは不満を発散する安全弁ですよ。聞いてあげなさい」
「 お子さんは」
「 中学生一人、小学生一人です。みんな生意気になってしまって」
「 まあ奥さんは幸せな方です。浮気したり博打に狂ったりする人も多いんですよ」
「 あの人はここで不満を聞いてもらって気晴らしをしているのよ」 と師匠は云う。
世の中いろいろだな。しかし昔の様に人探し、失せ物探しにはこないのかな。
それでも大体の客層と求める内容は把握した。
じゃあ、明日は最後の務めがあるのでこの辺で失礼します」 と店を出た。
「 ハローワークでバイトの口も探さんとな」 と独り言。
次の日、会社に辞表を提出した。
「 あっそう」 てな感じで、引き留めのひの字もなかった。
良かった決断して。これで飼い殺しの檻から抜け出せたと思えばいいのだ。。
失業保険も大した額を受けられないし、受給には何度か顔をだす必要がある。
ハローワークに出向き端末で探すとアパートに比較的近い業者が見つかった。
仕事は河川工事の芝張りとある。電話すると早速明日から来てくれという事だった。
やれやれ、忙しない一日だったな。ともかく師匠のいうとおり決断したのだ。
翌日、直接現場に来いというから作業着を着て自転車を駆って5K先の河川敷まで行った。
親方は慣れているのか煩いことも言わず芝生を一輪車に乗せてあちこちに運べと指示した。
こりゃー店内であれこれ思い悩むより楽だ。第一開放感がある。体力には自信があるから
こんな事なら朝飯前だ。
「 お前、以前は何をやっていたんだ。やけに楽しそうじゃないか?」 と親方が聞く。
少し頭のネジが緩んでないか心配したらしい。
「 はあ、アパレルメーカーに勤めていました」
「 なんだ! そのあぱ・・・・たあ」
「 つまり、衣服の販売です」
「 なんだ服屋か、最近はハイカラな物言いが流行ってるな、ついていけんわ。それじゃあ
青山とかはるやまとかだな」
「 えーよく知ってますね。ただ売り上げは ファーストリテイリングとか、しまむら、ユナイテッドアローズ
なんかが今は売り上げがすごいんです。私はその業界では二流の会社に勤めていたんです」
「 そして今ここにいるというわけか」
「 はあ、頑張りましたが、馴染めなくて」
「 そうかい、まあその内いい事だってあるさ」
ショベルで削った表土をローラーでならし、おおまかに張った水糸に沿って芝を貼っていく。
ここで仕事をするなら特殊自動車の免許もとるべきかなと思う。
「 おまえ手際がいいな、素質があるで」 予定が終わったらしく、親方が言った。
「 そうですか。誉めてもらったのは初めてです」
「 まあ少しずつ仕事を覚えていくさ。明日もきてくれるんだろう」
「 はい、お願いします」
アパートに戻りシャワーで汗を流し、スーツに着替えた。駅前の通りを少し進むと
ごちゃごちゃした通りが何本も現れる。その一本の通りの中ほどに占いの館セイントがある。
大柄の女が手持無沙汰そうに座っていた。
「 こんにちは、来ました」
「 この店に、来ましたなんていう人はなかなかいないよ」
「 じゃあ、ぼちぼち店を開くから店前の電気を点けて」
「 あんたさあ、この前一仕事したそうじゃないの」
「 会長が云ってたよ。めちゃ凄かったって」
「 はあ、なりゆきで・・・すみません」
「 いいのよ、あんたを紹介した私の信用も上がって仕事も増えるから。有難いってなもんよ」
「 あんたは思ったより大物かもしれないね」
今日は誉められっばなしだ。
仕事をしてきたんだろう。そこのソファで仮眠するといいよ。
「 いいんですか。じゃお言葉に甘えて」 とソファに横になった。えらく今日はあつかいが
丁寧である。一時間くらい寝たろうか、お客の声がして目が覚めた。
「 そうねえ。貴女の場合、はっきり言って運気が上がるのはずっと先よ。それより
金運を招く準備が必要よ。あなた美容とかエステとかにパッパ使い過ぎよ。だから金運が
寄ってこないの。まず計画性を持ちなさい。あなたの暮らし方を自分自身で見直すのよ」
むむ、わりと妥当なアドバイスだ。金運がいつ上がるかぼかしてるし。上がらなくても本人の
努力不足という言訳もできる。チャランポランらしい女の生活が改まれば余計いい。
女が出て来た。やはり派手な感じの女だった。
「 すみません楽して。さっきの占いは聞いていました」
「 そう、でもねあの人は多分だめよ。別の店にいくわ。都合のいい話を求めてるタイプよ」
「 そうそう、自治会長のところに挨拶に行ってきなさい。初めが肝心よ」
じゃあ行ってきますと云って会長のビルに向かうと、インド料理の店からアントンさんが
出てきた。
「 お弟子さん、うちでご飯食べていって下さい」
「 こんにちはアントンさん。僕は横木浩一、コウイチと呼んでください」
「 それはそれは、昨日は助かりました。ほんとにアリガトゴザイマス」
「 いつでも呼び出してください。たいがいセイントにいると思います」 と電話番号を教えた。
「 ねっ、スパイスの効いたハト料理おいしいですよ」
「 じゃあ先に会長に挨拶してからきます」
といったところに、ビルから2人組が階段から飛び出してきた。止めてあったバイクに跨るや
こちらに真っ直ぐ突っ込んできた。
危ない、アントンさんを突き飛ばし、暴走する運転者の顎に飛び蹴りをみまった。
バイクと二人は転がり、持っていた紙袋から札束が飛び出た。どうやら強盗らしい。
そして二人の首にチョツプを叩きつけるとぐにゃりと気を失った。
なんと物騒な町ではないか。
会長に報告したあと、巻き込まれるのは面倒だから、強盗は金を奪ったあと勝手に転んで
気を失った事にしといてと頼んだ。
「 有難う。意外と頼りになるね。前に云ったとおり最近ここらは3組の勢力がせめぎ合って
いてね、物騒なんだ」
「 3日で2回ですよ。こんなんじゃ一人で全部をカバーできるかなー」 思わずぼやいた。
「 自作自演で問題を起こして不安を煽ってみかじめ料をねらっているんだよ」
「 余談だが、どんな手を使ってもいいから、もしあの3組の暴力団を追い出してくれたら、
1000万と空き家の店舗を提供するよ」 と煽るような事をいう。
喰えないオヤジだ。失敗しても使い捨てにする気らしい。
「 無理、無理」 とはっきり断った。
インド料理は美味かった。ハトの油がじわっと口の中に広がりスパイスの辛さがたまらない。
ナンもヨーグルトを付けてほうばると何とも美味い。
チャイも甘くて芳醇だ。タバコを一服し、礼を言って店を出た。通りではパトカーとポリさんが
10人程来ていたからそっとセイントまで戻った。
「 あんた警察にでも就職した方がよかったんじゃない」
「 公務員は嫌いなんです。親父がそれでね」
「 ふうん、損な性格ね。でも真直ぐでいいわ」
「 占いは直感が大切よ。それを磨いてちょうだい」
「 それで一発かましておいて、お客から情報を引き出していくの、いい?」
「 固定客、それも金払いのいいのを掴めばもう大丈夫よ」
話しているうちにお客が来たようだ。私は観察の勉強を続けた。
この通りは紙屋町本通りというらしい。
ラーメン屋、インターネットカフェ、飲み屋等々雑多な店の他中古本屋、喫茶店、花屋まで
ある。しかし暴力団がうろつくせいか人通りは大してない。変なところに縁ができたものだ。
さて今日のバイトは草刈である。河川敷で待ってると、親方たちがトラックに自走式草刈機と
手動草刈機を積み現場にやってきた。
場所はだだっ広い河川敷だ。その上は遊歩道になっている。
雑草は生命力が強いから刈ってもじきに新しい芽を出してくる。
自走式草刈機は土手の斜面も刈れるから効率的だ。狭い場所、植栽の周りは回転刃の
ついた草刈機で刈り取る。大分仕事に慣れて来た。とはいえ刈り取り時のほこりはすごい。
ゴーグルと防塵マスクが必要なのだ。すぐに汗で前が見えにくくなる。
刈り取りが終われば数か所に草を集め、別のトラックに積み込んでいく。
「 これはいい商売ですね?」 と言ったら
「 そりゃ仕事が有ればの話だ。ここは年間何回という契約になつているからな」
「 市の仕事を受けようと思ったら、大変なんだ。接待や裏金やらな」
「 へまをして仕事にあぶれたら、同業者に丸投げしてもらうんだ。そうなってみ、最悪だ」
「 それでも従業員や機械を遊ばせておくよりましなんだ」
「 やはり、どこの業界も大変なんですね」
「 お前こんな仕事が好きか?、おまえを見てたらそう思ったんだ」
「 前の仕事よりやりがいがあります」
「 ふーん、大概の人間はこんな仕事は嫌うもんだ。変わってるな」
「 ところで、ここでの仕事だけでは喰っていけんだろう。夜は何やつてんだ」
「 占い師の勉強です」
「 なんだあそれは?」
「 仕事で悩んでいたら、占いの先生がいて誘われたんです」
「 かーっ、お前能天気なのか賢いのかわからんな」
「 目下、占いの修行中です」
「 それにその店がある町の用心棒みたいな仕事も已む得ずやってます」
「 多羅尾伴内か」
「 なんです、それは?」
「 七つの顔を持つ男だ。昭和20年代の東映映画だ知らんか?最近の映画だぞ」
「 ある時は片目の運転手、そして宣教師、またある時は・・しかしてその実態は・・・
知らないのか!」 この親方も少し変わってる。
「 ここにもいろんな奴がくるんだ。おまえは真面な方だ」
「 しかし面白い男だね。大学は出たんだろう」
「 三流大学の経済を・・・」
「 それにいい体をしているな、野球かなんかやってたのか?」
「 はあ、日本拳法をやってました」
「 日本憲法か、そんなのをやってたのか」 誤解してる様だがまあいーや。
「 明日も頼むぜ」 と親方が言った。
アパートに戻ると大家の鈴木さんが声をかけてきた。
「 お帰り、今かい。最近日に焼けたね」
「 外の仕事に変ったんです」
「 あーそう。前はスーツをびしっときめてたのにね」 作業着を見て鈴木さんが言う。
「 大丈夫です。家賃の滞納なんかしませんよ」 どうやらそれが心配だったらしい。
この辺りの大地主だったとかで、アパート、と駐車場のオーナーだ。
結構いい身分だが金に執着があるらしい。何かと住人の様子を観察していると、隣の
水島のおばあちゃんが言っていた。
水島さんは息子がいるようだが、70歳代でも独りで生活している。何かと世話好きな
お婆ちゃんである。
「 もったいないねえ、また外食かい」 とおかずや果物の差し入れをしてくれる。
わたしは独身生活5年、彼女なし、趣味なし、貯金大してなし、という我ながらサビシー
暮らしだ。
今日は占いの館は休みだから、汗をかいたし銭湯に行こう。部屋のシャワーでは
物足りないのだ。
「 えーなー、最高だ」 広い湯船でゆったりと手足を伸ばし、安い幸福感にひたる。
湯船のなかに知ったような後頭部が見えた。
「 尾田さん」 と声をかけた。同じアパートの住人だ。
「 あっ、横木さん、 珍しいですね。今日は仕事は休みですか」
「 夜の仕事は休みなんです。尾田さんは?」
「 ええ、今日は休みで二人でパチンコに行ってました」
「 その様子では勝ちましたね」
尾田さんは駅前の書店に勤め、アパートには夫婦で住んでいる。
尾田さんはなかなかの教養を持ち主で、しかも偉ぶったところがない。
「 小野さんたちも来ているよ。いまサウナに入っている」
小野さんも同じアパートに3人で住んでいる。今の私の様に不定期の仕事をしているが、
気さくで面白い人達だ。時にトラブルの発生源にもなり、水島のお婆ちゃんからは
3馬鹿兄弟と呼ばれているが兄弟ではないのだ。
以前ペット預かり業という珍商売を立ち上げ失敗し、あのアパートに移ってきたらしい。
世はペットブームである。いいところに目をつけたと自画自賛で店舗を借り、ペット用の
檻等を準備した。兄弟?の努力もあって順調に商売は繁盛したかにみえた。
しかしずさんな管理のせいでペットが逃亡したのだ。犬や猫は連れ戻したのだが、
大物のヘビやカメが見つかる事はなかった。お客に訴えられ商売はとん挫、店を売る事に
なった次第である。
それでも懲りることないのが兄弟の持ち味だ。色々と計画中らしい。
小野さんの話によると、ペットは人間の言葉が伝わらないから失敗した。だから次は人間に
すべきだという結論に達したらしい。
つまり、保育園や幼稚園等の送り迎え業がそれだという。
なんだか危なっかしい連中だが、他人の事はいえない。
銭湯でアパートの住人同士わーわー言いながら気楽な時間を過ごした。
それから晩飯を食べに本通りに行った。
薄汚れたラーメン屋に入ると、店主の李さんが気さくな声で言った。
「 いらちゃい、待ってたよ、なかなか来なかったね」
「 接客業だからにんにくの効いたスープは禁じられているんだ、悪いね」
「 そりゃ正しいよ。何でもお客さん第一よ」
「 今日は休みだからね」
「 そうか、そうか」
久しぶりに食べたラーメンは絶品だった。
「 うまいなー」
「 そうか、よかた、よかた」
「 あんたに頼みがあるのね」
「 何でも言ってよ、心配事かい?」
「 この辺りはね、神道組と羽島組とチャイナ系の九龍会があるのよ」
「 この間、九龍会のラオタアが来てね、みかじめ料を出せと云ってきたのよ」
「 わたしこれ以上そなものはらてたら店つぶれるいったね」
「 分かりました。いいですよ、何時でも電話して」 助かるよ、という李さんの声を後に
店を出た。
青果店でいちごを2パック買ってアパートに戻り、隣の婆さんに一つを渡した。
「 だんだんしっかりしてきたね。前は根暗な感じだったけど」 と観察するバアさんに、
おやすみと挨拶して部屋に戻った。