第八章   A、海をみる


みんなに見送られてA達を乗せた輸送船は出航した。

「 不安だな、Aは暴走しないかな?」 

「 今回は見学するだけだよ。とはいっても何かやってくれるのを期待する気持も

あるんだ」

輸送船には援助物資が満載されている。資金はあの金鉱から出ているが一度に換金すれば

金市場を混乱させてしまうのだ。したがって援助は効率的に計画されている。

実際に海を初めてみたAは感動していた。宇宙から海を見てただ美しいと

思っただけだった。押し寄せうねる波、しぶきを上げる波、船にあたり砕け散る波、

船を追って舞うように飛ぶ鳥たち、海の上をジャンプするイルカの群れ。

海上に沈む夕日を見ながら、この海はけっして無くしてはならないかけがえのない

ものだとAは感じた。

最初に寄港したのはフィリピンである。日本とフィリピンは友好的な関係にあり、

日本にとってフィリピンは重要なODA対象国である。

基幹産業もさしたるものが無い。フィリピンの経済を支える重要な要素は海外出稼ぎ労働者

による送金である。

人口の一割以上が米国や中東諸国に出稼ぎに行っている。

GDPは七%と他のアセアン諸国に比べて高い成長率があるのに貧富の差が縮まらないの

は政策のせいか、国民性だろうか。

貧困にあえぐ農村にジバたちは派遣された。その真摯な努力は徐々に成果をあげ村民に

やる気を起こさせた。

「 十分な水が出ないから耕作も思うようにいかず、食うや食わずの生活をしていたんだ」

 山間の村に連れて行き、私はAに説明した。

青田を渡る風が通りすぎると生き物のように青葉がうねる。

「 これはすごい、大海原のようだ」 Aは感動したようだ。

「 この畑だけじゃないよ。あの山をみてごらん。以前はここの人たちに伐採されて

裸山になっていたんだ」

「 それをジバと村民がこつこつ切り開いて大きな林や森になったんだ」

「 なるほど、それでみんな明るい顔をしているんだな」

「 子供は教育を受けられないどころか水汲みや雑用ばかりしていてね」

「 今は学校が建てられ教育を受けられるようになったし、女性は自分の為の仕事が

できてね、あの畑は女性が中心になって育てている」 私は丘に広がる葡萄畑を指さした。

「 この収入は女性が管理しているんだ。あれが葡萄の梱包出荷場だよ」

「 ここまでくるにはジバの力が大きかったんだ」

「 今は井戸からポンプで水を引いているけど、灌漑で用水路をつくっているんだ」

シバと村人が黙々と作業をしているのが見えた。

「 酷い介護を受けて死ぬのを待っていた年寄が、今は人助けをしているんだな」

「 ひどい目に合ったから、動くのが大好きなんだ。それに他人に頼られ、喜ばれる

のが生きがいになっている。人間のしあわせの形のひとつだよ」 

「 感慨深い光景だな」

「 人間の生きがいは色々でね。下らぬ事に血眼になっている人が多いんだ。わかっちゃ

いるが止められないんだ」

私はジバが手助けをしている村を回った。

ゲリラの勢力範囲にある村に入った途端、武装した兵隊がゾロゾロ現れた」    

「 それなりの援助をしているから何も手出しはしないよ」 とAに云った。

「 あんたたちのせいで我々もやりにくくなった」 ゲリラの幹部がぼやいた。

「 貴方たちの目標は貧富の差を無くすことだったね」

「 いまだにこの国は大地主が貧しい人から搾取しているのは変わらないんだ。そして

われわれは人民と共に戦っているつもりだったが・・・・君たちのせいで村はすっかりは豊かに

なってしまった」

「 貴方たちに武器を供与していた中国は今やぼろぼろです。いつまでもあの国の援助を

期待してもろくな事はありません。よかったら政府との仲介をやりますよ」 と言うと、その時

はお願いすると言って彼らは帰っていった。

「 上手くいっているようだね。ジバも村人に溶け込んでいるようだし」

「 今まではうまく援助できている例を見せたんだ。フイリピンには多くの島があるんだ。

そこにも協力の手を差し伸べているんだが・・・」

「 地球の温暖化のせいか最近冬場に大きな台風がフィリピンを襲ってね。せっかく

ジバが植栽したココナツの木等を壊滅させたんだ」

私たちは津波の被害を受けた村に移動した。

「 人の被害も多くてね、高潮で沢山人が亡くなったんだ。政府は沿岸から高台に住むように

云っているが、貧しい人はそうはいかない」

「それで相変わらず海岸近くに掘立小屋を建てて住んでいる」

「 だから少し不便になるけど、以前より高い場所に仮設住宅を組み立て中なんだ。

耕作地もここに移している」

「 ココナツ栽培は島の労働者の八割がかかわる基幹産業でね、いまはココナツ畑で

キャッサバやタロイモを栽培しているんだ。ココナツは植樹しても収穫までに七〜八年

かかるからね。また台風が来ないかと恐れているんだ」

「 そういう事なら、ここのジバと話をしよう」 とAが言った。

「 手を止めさせてわるいね。この人が協力すると言ってるんだ」 私はジバに集まって

もらい現状を聞いた。

「 もともとこの国の人は環境に順応できすぎて欲がないんです」

「 つまり前の津波のような災害があればすぐあきらめてしまいます」

「 だからここで早く実績をあげることができれば、いい意味の欲がでて自立できると考えて

います」

「 要するに成長が早くて、風や潮に強ければいいんですね」 Aが簡単そうに言った。

「 できるんですか?」 ジバが驚いたようにいう。

「 ココヤシの苗木を用意しますから2、300本植えて下さい。成長が早いから驚きますよ」

「 ところで貴方たちはどうしてそんなにお元気なんですか。失礼だがお見かけすると

お年寄りだが変な風にお若い」

「 は、は、は、そうでしょう。介護施設では早くお迎えが来いと念じてました。私達の扱いは

ひどいものでしたから」

「 あなた方によって私達は苦しみから救い出されました。健康に戻った上に若い方に

負けない体力も得る事ができました」

「 その時感じたのです。いや誰かに教えられたのかもしれません」

「 自分が救われたように、他の人にもお役にたちたい。それが自分が蘇った意義だろうと

感じたわけです」

「 これまでの私の人生は生活の為とはいえ愚かなことに捕らわれすぎました」

「 あのような愚行を繰り返したくはありません」











まあそう思えるのも、そういう人生を送ったからこそです。お釈迦様のように生まれた時に

それが自覚できたとしたら解かりませんが」

「 私達は今幸せです。困難なことは色々と有りますが、それを乗り越えていく事が生きがい

になっています」

「 ということで私達は外見には拘りはありません。むしろ外見は今のままの方が親しみを

持ってもらえます」 ジバはそう坦々と心境をのべた。

「 そうですか、大したものです。おっしゃるとおりです、尊敬します」 とAは言った。

「 ところでいつ海の中を見せてくれるんだい」 とAはなかなかしつこい。

私達は漁師に船を出してもらい沖に向かった。熱帯の魚がいるという場所で海に

もぐった。Aには浮き上がる為のガスボンベとバルーンを腰に付けさせた。

Aは30分たっても上がってこない。心配した漁師がわーわーいっている。

そろそろ上がってこいとAに伝えると、海中からロケットみたいに飛び出してきた。

いつもながらびっくりさせるやつだ。

「 いやーすごい、きれいだ、感動した

「 30分も何をやってたんですか。心配しましたよ」

「 魚がいっぱい群れているので驚いた。一緒に遊んでいたんだ」

「 そりゃ海ですからね。満足しましたか」


「 いや、もっと見たいな」

「 今回はこのくらいにして、少し頼みがあります」 Aに心の中を読むように伝えた。

「地球上の生物の犠牲の上に人間は暮らしている。それは分かっているんだがどうすること

もできない。いや、知らないふりをしているといっていい」

「 そして全ての人間は老いる時が必ずが来る。やすらかな死を願い宗教にすがる者もいる

がなかなか思い通りにはいかない。苦しみながら死を迎える人も多いいんだ」

「 死の淵にいる人間を救う力はあるが、それをやれば地球はパンクするだろう」

「 我々にもその辺りの葛藤があるんだ。せめて苦しみながら介護をうけている老人を

救うぐらいしかできないんだ」

「 それで今後はどうしたいんだね」

「 できる範囲で海外援助は続けていくよ。有り難いことにジバのように仕事をしたい人が

沢山いるんだ。そしてね海外援助だけでなく、過疎の村に注目しているんだ」

人口が都会に流出して、学校や病院が閉鎖され、スーパーやコンビニも撤退、住んでるのは

年寄ばかりという過疎地域が増えていることを伝えた。

年寄同士で支えあっているが、それはいつまでも続かない。

若い連中が移り住めばいいんだが、家庭を持ち、子供を育てるにも生活を維持できる仕事も

ない。魅力がないから余程の変人じゃないとやって来ない。

「 山深い農村で出来る産業といえば林業になるけど、それも安い外材に押されて衰退して

いるんだ」

「 だから過疎地の人口を増やそうとしても現状は厳しいんだ」

「 要するに産業を興すとして付加価値の高い商品を考えればいいんだな」 とAが言った。

「 何を考えているんだ・・・・まあいい、それには色々と下準備が必要なんだ」

「 地元の人との交渉がまず必要だね。またあの手でいくか・・・」 とワタシが言った。

「 わかった! ゼンさんとシズオだな」

「 シズオはともかくゼンさんはいまどこにいるんだ」

「 アフリカで悪戦苦闘しているようだ」

「 だから今度はアフリカに一緒に行ってもらいたい。ソマリアの海も綺麗だよ」

ソマリアの輸出品はラクダ、羊、ヤギなどの畜産、皮革製品とバナナだね」

「農業は降水量が極端に少ないからふるわないんだ」

地下には石油があるらしいが開発されていない。

漁業も近海に中国や欧州の船がやってきて漁場を荒らしている。

自分たちの漁場を守る為武装した漁民がそもそもの始まりで、一部が海賊行為を行った

んだ。人質から結構な金が入ることがわかり、大勢の漁民が海賊行為にはしりだした。

地方の軍閥も加わって身代金ビジネスを堂々とやる始末だ。そんな連中は大豪邸を建てたり

して豪華な生活をしているが庶民は苦しいから隣国に逃げ出す人も多い。国連の支援物資

は国民に渡るが、それを武装組織が奪ってしまうんだ。

つまり政府が機能してない状態だ。

そんな中ジバを中心とした援助が始まった。井戸を掘り水源を確保すると人が

集まってきた。緊急用の食料を配り、医療施設も出来上がった。自動組み立て式

の仮設住宅もその数を増やしている。しかしそこに武装組織が襲おうとやってきた。

常時GPS機能を持った無人ヘリで警戒しているから彼らの接近はすぐにわかった。

敵の武器が届かない位置で小型ミサイルが発射された。

トラックが破壊され仰天した武装組織は逃げていった。

守られているという事は余程いい物があるとでも思ったのか懲りずにやってくるが

侵入できずにいる。そんな時にAを連れて私達はやってきたのだ。

「 このままじゃ同じことの繰り返しだね」 と私はゼンさんに言った。

「 そうなんです。援助の邪魔になってしょうがありません」

「 武装組織の中枢部を叩いてしまおう」

「 地方軍閥はかなりの武器を持っていますよ。大丈夫かな?」

「 石油が出たとデマを流して奪い合いをやらせるんだ」

遊牧民も住まない砂漠の真ん中にそれらしいプラントが出来上がった。

フェンス沿いにはタンクローリーが並んでおり、排気筒からはそれらしく炎が上がるという

凝りようだ。

宣伝が効いたのかハイエナの群れが続々とやってきた。

軍閥同士、戦車を前面に置いて三竦み状態で睨みあっている。分け前の分配方法めぐって

すったもんだやっている。

すると砂の中から迫撃砲が持ち上がり二、三発打ち込んですぐに下がった。

途端に戦車が咆哮し、ジープや装甲車が走り回り、ロケットランチャーの打ち合い

が始まった。三十分ほどで互いに消耗し引き上げがはじまった。各基地に逃げ帰ってほっと

したところに無人機が攻撃し基地を壊滅させた。

モニターを見ていたジバがやったやったと喜んでいる。若い時、中国で転戦した経験が

あるそうだ。ともかく、これで当分の間武装組織による襲撃は考えずに済むだろう。

ゼンさんの指導で村に自治組織が生まれた。食料、衣料、住居などの援助はするが、

自活するにはどうすればよいか集会が開かれている。

これまでの経験をジバが説明している。豊かになった村の例をプロジェクターでながすと、

人々にやる気が出てきたようだ。

障害となるのは極端な降雨量の少なさである。

幸い地下水脈は豊富で小規模の農業や酪農なら支障はない。しかし先の事を考慮すると

降雨量を増やす必要があった。海や山から発生した水蒸気は雲となり地球上を対流して

いる。砂漠の上空にも万遍なくやってくるが刺激となる高い山が付近に無いから素通りして

しまう。

気象レーダーから雲の動きを掴んで気球からヨウ化銀を噴霧した。

カラカラだった砂漠に雨が降るようになった。やがて草木が芽生え緑地が広がって

いくだろう。

ジバの指導で耕作が始まった。人間の排泄物と羊や駱駝の糞が集められ肥料として使用

する為、発酵池が造られた。特殊な菌で十分発酵した肥料は驚くことに無臭だった。

水で薄められ耕作地に施された。ジバが耕運機で耕すようすをみんな真剣な表情で

みつめている。

ジバが土を掴み満足そうな顔で村人に説明している。

バナナを栽培した経験のある人もいたが、この乾燥地帯では困難であったので

キャッサバやタロイモの他パイナップルを試験的に植えることになった。

話はもどり、フィリピンからココナツが実ったと島のジバから連絡があった。

また海が見たいというAとゼンさんを連れて島にもどった。

試験的に植えておいたココナツの木は見事に成長していた。

「 何かやりましたね・・・」 私はAに言った。普通なら成長するまで7、8年はかかるのだ。

「 実を取りやすく丈を短くしておいたよ。収量も二倍にしといた」

通常10m程の高さに成長するが、1/3の高さだ。そのかわり幹は倍くらいある。

長い鋏を持った村人がコプラを収穫している。

収穫したコプラはそのまま出荷する分と加工する物に分ける。加工分はコプラの実

から油を取り出荷するのだ。

すでに新しい耕作地には村人により追加のココナツの苗が植えられている。

さらにここではジバの提案でコプラの殻を砕いたチップを固めてキノコを栽培することを

考えているらしい。日本の椎茸栽培のようにうまくいけばいいと思った。

「 ところでこのココナツの木は風や塩分に強いんですか?」 以前の台風の被害を思い出し

て私はAに訊ねた。

「 元々、ココナツは潮に強いんだ。それに風に負けないようにしている」

「 あそこに鉄筋と金網だけの建物があるだろう。あれもジバの提案で建てられたんだ。

高潮などの緊急時にはあそこに避難することにしている」

「 なるほど、あの高潮で沢山の人が亡くなったからな。住民の気持ちを大事にしているん

だな・・・」

「 村人にとってジバはなんでもやってくれる人ではなく、一緒に考えてくれる仲間なんだ。

同じものを食べ、同じところで生活しているから友人以上の存在になっている」

「 他人に頼られ、考え、悩む。それがジバの幸せなんだ」

「 ジバはあれで先の事も考えているからな。学校もでき、子供達の教育も受けられるように

なった。しかし机上の学習には限りがある」

「 ジバは社会学習も彼らの成長に組み込もうとしている」

「 モルモン教徒の社会研修みたいだな」

「 そうなんだ。最初は日本で社会経験し、次は希望する国に・・・というわけだ」

「 おそらく日本の消費社会にカルチャーショックを受けるだろう」

「 何でも金の社会だからな。見たことも無いような物が沢山ある国だ。しかし時間をかけて

みると大きな矛盾を感じるはずだよ」

「 人がなぜせかせか時間に追われるように動くのか。何故、スマホばかり見ているのか。

一見繁栄している様にみえて心の中はスカスカだということが判るはずだ」

「 金を稼ぎ、人並みに家を建て、高い車を購入する。つまり世間体が大事な社会だ。

それでいて弱者を切り捨てて平気でいる。それが分かれば何が大切かが見えてくるだろう。

色んな仕事を経験するのもいいだろう」

「 日本は反面教師か・・・首相にいったら泣くだろう」

「 まあ生き方は自由だからな」

「 あの元ホームレスの連中に会いたくなったなあ」



第9章 限界村と若者
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