第五章  三人の黒人



また大家の婆さんにつかまった。

「 相談があるんだよ」 

「 今度は誰ですか?」 ちょっと愛想なく返事をすると、

「 あたしだよ。最近身体の調子が悪くてね、病院に行っても年のせいとしか言ってくれないん

だよ」 その歳でそれ以上元気になられてもね・・・と思いつつ

「 いったいどこがお悪いんですか?」

「 ここ一年くらい血圧が高くてね、薬をもらって飲んでるんだけど下がらないし、

心臓はバクバクいうし、目眩もするんだよ。この間なんか買い物の途中でぶったおれちゃった

んだよ」 ふむ、鬼の霍乱か・・・

「 でも、私は医者じゃありませんからね」 

「 そんな冷たいこといわずにさ、こんどおいしいぬか漬けをごちそうするからさ」

ワタシによる治療をためらったのは、この口の軽い婆さんにペラペラ喋られては

まずいからである。ワタシに相談すると治療したことを忘れてもらえばいいんだそうだ。

「 この人は心臓のポンプが傷んでますし、血管も細くなっているようです。でも大したことは

ありません。もう治療にかかっています」

一週間後、婆さんは以前の様に元気になっていた。治療の行きがかりも記憶から

欠落しているらしい。結局ぬか漬けは喰いそこねた。

アパートを出るといきなり待ち伏せに出会った。

「 あのね、アパートにニカラグアの人がいてね・・・」 相談も国際的になったようだ。

「 こっちの習慣がわからなくて近所ともめているんだよ」

元気になったらすぐお節介かい・・・婆さんらしい

「 ニカラグアといったら中米か・・・ 出稼ぎの人かい」

「 そうらしいけど言葉が分からなくてね」 

彼らは三人で、会話ができない為いまだに職が見つからず夜遅くまでテレビをつけたり

生活音をたてるらしい。

ボロアパートだから隣近所から大家の婆さんは突き上げをくらっているのだ。

「 彼らは安い所を選ぶんだから、ここは最適だよな」

「 そんなこと言わないでなんとかしなさいよ」 相変わらず強引なバアさんだ。

仕方なくその部屋を訪ねた。でかい男が三人、私をにらみつけた。

「 よう、きょうだい調子はどうだい」 私はスペイン語で声をかけた。

とたんに三人が一斉にしゃべり始めた。 話の通じる人間に久しぶりに会ったから

らしい。私は大家の友達だが中に入っていいかと尋ねた。

「 ホセ大統領は元気かね」 中に入って開口一番ジョークをとばした。

三人とも大笑いした。よくみれば若くて気の良さそうな連中だ。

私は椅子に座らされ一人が大きな手にコーヒー入れて持ってきた。

「 知らない国に来たらいろいろ心配事があるだろう?」

「 私が君たちに協力して仕事を紹介しよう。沢山稼いで国に送金すればいい」

「 おーやっぱりだ、カルロス、 ドミンゴ 神様は私達をお見捨てにならなかった」

「 ただし条件がある。このアパートの住民と仲良くやることだ」

「 そのため君らを日本語が喋れるようにする」 彼らは不思議そうな顔をした。

「 それでは三人とも片手を前にだして・・・」 ワタシは彼らの意識に浸透した。

「 それでは、日本語で一人ずつ自己紹介して下さい」

「 私はペレス。国では農園で働いていました。力だけは自慢できます。国には母さんと

妹がいて・・・・」 と流ちょうに喋りだした。

「 おーすばらしい、奇跡だ。あなたは偉大なマグンバだ! 何でも言ってください」

短時間で日本語が喋れるようになった三人は私のしもべになるといってきかない。

「 その必要はありません。ただし日本の風習、常識は守って下さい。特に大家の

バアさんの機嫌を損なわないようにね」 守らないと魔法が解けると脅してやった。

「 それで君たちは何か特技があるのかね?」 と聞くと途端に情けない顔になった。

「 ふむ、大丈夫、心配しなさんな、なんとかできるよ」

力だけで大きく稼ぐ仕事・・・ それはプロのスポーツ選手しかない・・・これは短絡しすぎか。

「 また面白い事を思いついたね」 とワタシが言った。

「 弱小球団に彼らを売りつけるにはどうしたらいい?」

「 野球をしたことがあるかい?」 と彼らに聞いてみた。

「 うんにゃ、テレビでみて面白そうだけどルールも知りません」

「 元ホームレスの人を加えれば草野球チームができるな。早速相談してみよう」

私は仲間のマンションに彼らを連れて行き事情を話した。

みな野球は好きなので話に乗ってきた。

「 まずユニホームと道具を揃えなきゃな。俺にまかしとき知り合いのスポーツ店を呼んで

必要な物を揃えておくよ」 ヒロさんが言った。

「 それにしても立派な体格をしているなムキムキじゃないか」

「 ルールの方はワタシに任せるとして、適当なコーチはいないかな?」

「 それなら知り合いに教えるのが死ぬほど好きなやつがいるんだ。事情を話せば

絶対やらせてくれというさ」

「 君たち聞いたとおりだ。国に金を送りたかったらその人の言うことを良くきいて

早く実際の技術を習得するんだ。負けるんじゃないぞ」

「 はいマグンバ」 神妙な顔をして三人が応えた。

ユニホームもできてすでにコーチに特訓を受けている三人を見にいった。

なんとか草野球が出来るほどになっているが、最初はひどかったそうだ。

西村というそのコーチは高校で野球をやり、甲子園まで行ったそうだ。

少年野球チームの監督もやったそうで経験のない彼らを教えるには適任だった。

「 身体は頑丈で、なにより柔軟性がすごい。こいつらを鍛えたらすごいことになる」

教えオタクのコーチもうれしそうだ。

「 一人はピッチャーに、二人は守備力がすごい強打者にしたいんです」 と言うと

「 時間をかければ出来ない事はないけどね・・・」 無理と言いたげだ。

私はワタシになんとかしろと頼んだ。

翌日練習場での彼らの動きはすごかった。カルロスとドミンゴはイチロー以上の守備と

強肩を見せた。圧巻はペレスだった。コントロールよく捕手の指示通りのコースに

投げ分けたのだ。しかも170キロ以上のスピードで。変化球も恐ろしい程の切れ味だ。

「 ちょっとやりすぎたかな」 とワタシが笑った。

「 こんな事はありえない。一日でこんなになるなんて、どうなっているんだ!」

 コーチは泣きそうな、そして嬉しそうな顔をしている。

さらに元ホームレス軍団を含めて守備、走塁練習を重ねた結果やっと試合が出来そうな

レベルに達した。

「 コーチありがとう。これで試合ができますね」 と私は言った。

「いくら体力に恵まれているとはいえ一か月で野球を知らないど素人がこんなになるとは

もう信じられない・・・・」

「 私の知っているチームと試合を設定します」 コーチはもうやりたくてしょうがないようだ。 

試合当日、アパートの住人と老人会を球場に招待した。

「 あの三人が出ている」 とか大騒ぎしている。

「 あいつら最近礼儀正しくなつたな。シズさん何かあったのか」

「 知らないよ。だって日本語を喋れるなんて聞いてなかったんだ」 

「 ユニホームが似合ってるじゃないか。大リーグの選手みたいだ」

試合が始まった。ペレスには最初は50%の力で投げろと云ってある。

「 はいマグンバ、 最初は打たしてやります。四球もだします」 なかなか素直だ。

相手チームも最初は腰がひけていたが、大したことが無いと察してヤジをとばして

きた。頭にきたのはペレスじゃなくて老人会だ。負けずに汚いヤジを返しはじめた。

四球につづきポテポテの打球をチョーさんがエラーしたのでランナー一二塁だ。

次打者がいいあたりを外野に飛ばした。センターのコウさんはおたおたバックしている。

そこに黒い風のようにドミンゴがライトから走り寄り2メートルほどジャンプし捕球するや、

矢のような球を三塁に返した。 走者はピクリとも動けない。

「 なんじゃ、あれはすごい守備だ」 みな唖然としている。

三人の黒人がそれぞれ特大のホームランを打つに至って老人たちの興奮は頂点に

達した。さらにペレスが170Kの球を投げ始めたので試合は一方的になった。

試合はコールドゲームとなり終わった。

三人を興奮した年寄が囲みベタベタさわりまくっている。

シズオもちゃっかりそのなかにいる。

「 だってチョーいい男じゃない。それにムキムキよ。お付き合いしたいわ」

「 むこうにも選択権があるからな」 シンさんがまぜかえす。

「 お前たちよくやった。次の試合も頑張れ」 私は三人を誉めた。

「 でもこのお年寄りたちはなんとかならないでしょうか」

「 触られるくらい我慢しろ。お前たちをヒーローだと思っているんだ」

「 はいマグンバ」

「 ねえ、マグンバってなによ」 耳ざとい大家の婆さんがたずねてきた。

「 友達という意味だよ」 私はあわててごまかした。

噂は広まり試合を希望する相手は引きも切らなかった。

数試合をやってコーチにたずねた。

「 どうでしょう。もう売り込みをしても大丈夫でしょうか」

「 あれを見て断わる球団はいませんよ」

私は録画を広島カープの球団事務所に送りテストをするように依頼した。

二軍の練習グラウンドで彼らのプレーを見た球団コーチは仰天した。

早々に契約したいと云ってきた。他にも欲しいという球団もありますので金銭次第ですと

答えた。相手は貧乏球団だから法外な要求は出来ない。

しかし出稼ぎにきた彼らのためだからここはシビアな要求をした。

「 ひとり1億、契約期間の衣食住付ではどうですか」

「 それにひとつのタイトルにつき100万の賞金」

「 打率三割、盗塁50を保証します。それ以下であれば契約金はお返ししましょう」

破格の保障である。相手はびっくりした。顔を寄せてひそひそやっている。

「 失礼ながら今年もお宅の球団は低迷していますね。でもまだ5月です。彼らが入れば

夏には首位を走っているでしょう」

「 彼らの魅力は観客を大幅に増やしますよ」 と私は売り込んだ。

結局、三人は年俸一億で契約した。

壮行会をひらいた。三人は今日はパリッとしたスーツ姿だ。私がデパートで誂えたものだ。

浅黒い身体に良く似合っている。

「 キャーすてき。わたしついていくわ」 シズオが熱い目をして言う。

「 お前ら広島に行っても女の誘惑に溺るんじゃないぞ」 シンさんが言った。

「 馬鹿、お前が言ってどうする。お前が飯田橋の女に騙されたのはみんなが知って

いるんだ」 教祖がばらすと皆大笑いだ。

「 お前たち頑張るんだぞ。ニカラグア人の力を見せてやれ。それから契約金は月々支払わ

れるから、国にちゃんと送金するんだ。なんでも困ったことがあれば私に相談しろ」 

「 はい、マグンバ頑張ります。有難うございます。日本の人みんないい人です」

彼らは登録した日から大活躍を始めた。合わせて一試合6本のホームラン、ペレスは

170キロの速球で打者をキリキリ舞いさせた。

観客はうなぎのぼり、カープ女子はきゃーきゃーいっている。その日以来カープは全勝を

続け、8月には首位に迫っている。

巨人の黒幕ニベツネは怒りまくっていた。

「 莫大な契約金を投じて球界の盟主の座を守っているのにこの体たらくはなんだ」 

と発破ををかけるが差は縮まるばかりだ。

かれは政治家と公安当局に圧力をかけた。国で彼らが犯罪を犯していたというデマを

でっち上げようとしたのだ。しかし公安当局にもワタシの意識が浸透している。

「 あれくらい人望のない人間もいないな」

「 権力をバックに何でもできると思っているんだ。ひとつお灸をすえるか」

急に読朝新聞の購読者が激減した。これだけマスメデイアが発達しているのにアナログな

新聞は不要だというのが理由らしい。不思議なことに他社の新聞は購読者が

増えている。

そこで勝手に協定を破棄して購読料を半値にしたが一向に効果が上がらない。

何が原因か分からず怒りまくるニベツネに静かに引退するように伝えた。

あの底意地の悪そうな顔が徐々に好好爺の顔に変っていった。

その後も彼らの活躍は素晴らしかった。

なにせ2メートルもジャンプするからフエンスぎわのライナーはみな捕られてしまう。

それにホームランを恐れて四球を出すと簡単に盗塁してしまう。味方が大量得点

を許さない限り全て勝ちまくりだ。九月半ばにはマジックが点灯し、そして優勝した。

CS、日本シリーズにも広島カープは勝ち完全優勝を果たした。

彼らの活躍は低迷する広島県の経済にもいい影響をおよぼし、知事は彼らを表彰した。

彼らの出身地マナグアと友好関係を結ぶ騒ぎだ。

シーズンを終え彼らがアパートに帰ってきた。

「 お前たち本当によくやった。国に帰って親孝行をしてこい」

「 マグンバの魔法のおかげです。ありがとうございます」

彼らはうれしそうに土産をしこたま仕入れて帰って行った。



<
第6章 Aが帰ってきた
inserted by FC2 system